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「いや~~顔見知りが、店の前に可愛い感じのハンサムがいる! って沸いてたから誰かと思ったわよ!」
その言葉に出されたラベンダーティーを吹き出した。
「それおいらのことなのか?」
「他に誰がいたの?」
久しぶりに対面する切れ長の目がにやにやと笑っている。視線が煩い。目の前のにやけ顔にデコピンを食らわせるもきゃっきゃと笑っているものだから目を逸らした。
店内は外から見た印象通り、ちょっと埃臭くて、でも日光と人の匂いに満ちてて温かい。雑貨屋が儲かるのか店自体が年期モンなのかは知らないが、通された奥カウンターのテーブルも椅子の背も、人の手によってつやつやと鞣されていた。
「でも不思議。おにいちゃんなのにどこかおにいちゃんじゃない気もする。身長とか、元に戻ったらあの頃のままなの?」
「かもな。今のこれはお前の歳に合わせてる」
「そう……本当に久しぶり。15年ぶりよ、おにいちゃん」
「おう、そんなに経ってたか」
それからは雑談に花が咲き、すっかり話し込んでしまった。その間客も来たが、会計の時くらいしか声をかけて来ずおいらに気を使ってくれていたようだった。さしずめ遠い地に暮らす親戚が訪ねてきたといったところか。友人のように声をかけてくるくせに個人の詮索をしてこないところは好感が持てる。中々いい町を選んだものだ。
ところで、いつまで経ってもこいつの恋の話が出てこない。もしや本当に興味がないのだろうか? それとも……こちらから話を振ろうか、いやもう少し会話の流れをみよう。
「足の調子はどうだよ? さっきも短い距離とはいえ走れてたじゃん」
「うん、渓谷のみんなが作ってくれた薬草のクリームと、あとサポーターを巻いてると結構楽でいつもつけてる。今じゃ長い距離も歩けるの! 数日前なんて友達の結婚式で教会とを往復したのよ。ああそうだ、スタードラゴの件、聞いたわよ! 本当におめでとう! 帰る時にお祝いのもの持たせるから渡してね!」
ここだ! 言葉の尻尾を逃さないよう、おいらは口を開いた。
「ん、覚えとく。……そういやお前は? 恋の一つ二つねえのかよ?」
するとハミィは目をパチリと瞬かせ、いやいやと頬を染め首を振った。
「あたしは恋なんて、、、そんな頭の余裕ないわ。一人でこの店切り盛りしてるのだもの! 今はこっちが大事。
それにあたしは……初恋を、忘れられないの。……おにいちゃん、15年前、スタードラゴから聞いたでしょう?」
奴のアメジストの目がおいらの目をしっかりと捉える。その眼差しを受けながら小さく息を吐いた。
「聞いた。……おいらのことは切り捨てな」
沈黙。後、なんで、そう呟かれた声は落ち着いてはいたが小さなものだった。
「おいらは妖魔、お前は人間だ。棲む舞台も価値観も、寿命だって違う。黙って同族選びな」
「おにいちゃん、あたしはおにいちゃんのこと好きよ?」
「おいらもおめーのことは大事だぜ? だから様子を見に来た。妙齢の女が子供ン時の好きを恋と捉えてんじゃねえよ」
「幼くても恋よ」
毅然と言い放つハミィの顔に夕焼けの橙が差し込む。切れ長のアメジスト、深いボルドー、夕焼けのトパーズ、、、まるで絵画だった。
「もう時間ね……おにいちゃん、まさかこれから渓谷に戻るわけじゃないでしょう? 泊まっていってよ。一人の夜は退屈なの」
広くはない店内に夕焼けの橙が満ちる。
平坦なふりして雄弁な切れ長の目。
埃臭い店内と、自宅に繋がっているであろう扉の向こうの、物が散らかっている気配。
今のこいつには恋以外にも問題がたくさんあるのかもしれない。ならもう少しこいつのことを観察した方がいいのかもしれない。
「じゃ、厄介になるわ」
だからおいらは素直に頷いた。
――
深更、充てられた部屋のベッドにて眠くもない目を閉じていると、扉が小さく音を立て、気配がそろりと入ってきた。ベッドに近づいてくるので上体を起こすと、案の定それは寝間着姿のハミィだった。
「どうしたよ?」
我ながら意地悪な。
月光が綺麗な顔に差し、切なげな表情を映したと思ったらハミィはベッドにもぐりこんできた。起こした上体をぐいぐいとシーツの中に戻される。胸元に顔をうずめて深呼吸をするな。
「おいおい……」
「お願い、しばらくこうさせて? ……おばあちゃんが5年前に死んじゃってから、それでもここを、おばあちゃんの思い出を遺したくてそのまま棲んでるけど、一人で棲むには広いんだ……たまにね、どうしても寂しい時とか友達呼んで……女友達だよ? 友達呼んで泊まってもらうんだけど……おにいちゃん、あたし頑張ってると思うよ? 褒めてよ、昔みたいに」
その言葉が終わる前からおいらの手はハミィの背に回り、宥めるように撫でていた。すがりついてくる華奢な身体がやけに小さく感じた。
「ん。おめーはよくやってるよ、ハミィ」
「ん~~……声が優しいまんまだぁ……」
月光が見守る薄闇の中、昔話を囁き合って、衣越しに体温を分け合うようにくっついて、やがてどちらからともなく眠りについた。
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