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Ⅰ
初めて花嫁のドレスを着たのは6歳の頃だった。
妖魔の隠れ里と有名な、けど誰も見つけることができない、誰が呼んだか”不見の渓谷”。あたしはそこのリーダーのドラゴンへのイケニエだった。
あたしは生まれつき足が悪い。右足の膝が踏み込むたびに痛むので思い切り走るということをしたことがない。加えてあたしは孤児だ。赤ちゃんの頃に捨てられ、物心ついた頃には教会にいて、そこで育ってきた。教会にはあたしみたいな子がたくさんいて、だから特別お医者様に診てもらう気も起きなかったしそんなお金もなかった。
あたしがドラゴンに食べられることで町のみんなが助かるんだと、牧師様は泣きながらあたしに言った。だからあたしは首を縦に振ったのだった。
死ぬのはとても怖い。けどあたしのようなハンディキャップ(牧師様がそう教えてくれた)持ち、生きることを選んだとしてこの先上手く生きていけるだろうか? 馬車の車輪の一回転すらひどく長く感じた。
ざわざわとした森を横目に、騎手さんに手を引かれて歩いている。
天気がいいのに森はどこか薄暗く、不気味さを演出するには十分だった。そんな森の、入り口らしいところに妖魔が一人立ってこっちを見ている。
あれは知ってる、ホブゴブリンだ。騎手さんがあたしの手を引きホブゴブリンに近づくと、ホブゴブリンが手にしていた麻袋を騎手さんに渡す。騎手さんの手がゆるんで、あたしの手をホブゴブリンに握らせた。
騎手さんの姿がすっかり見えなくなるまであたしは動けなかったけど、ホブゴブリンは急かすことなくあたしの好きにさせてくれていた。
すっかり見えなくなってから、ちょっとあたしの手を引っ張ったので、諦めて歩き出した。
ホブゴブリンの足の蹄が良い音を立てながら、森の中をゆっくり進んでいく。足が遅くて良かった。ただでさえツヤツヤの綺麗な、慣れない靴を履いているんだ、あたしの痛む足でもついて行ける。
目の前を真っ白な身体の蛾が横切っていった……
と、ホブゴブリンがあたしをちらちらと見てくるのに気付いた。あたしが気付いたことに気付いたホブゴブリンが振り返ってきてあたしを見つめる。
「足、痛てーの?」
どきりとした。何で気付かれたんだろう? 遅れてはいなかったはずなのに。
返事を戸惑うあたしをじっと見つめていたホブゴブリンはあたしの手を離し、「ん、」となんと屈みこんだ。これはおんぶ、なのではないか?
「……あー、嫌か?」
「あっ、や、そうじゃないけど……」
なら乗れよ、と立つ気配がないので、恐る恐る妖魔の肩に両手を乗せ、体重を預ける。あたしの腿に手を回したホブゴブリンはあたしの体重をものともせず立ち上がって歩き出した。
薄暗い森の中をゆっくりゆっくり進んでいく。木々の間から何かしらかの目が光り、視線があたしを珍し気に見つめてくるのが分かる……光っているのは色とりどりのキノコと蝶の羽。角のあるモノ、毛だらけのモノ、たくさんの牙をもつモノ、黒いモノ、透き通ったモノ、小さいモノ、長いモノ……それらがひそひそ話している。
[やぁ、ホブゴブリンが可愛い子ちゃんおぶってら][まだ子供じゃないか][最年少かもね][おう、震えてるじゃあないか、可哀想に][落とすなよ、ホブ]
視線が怖くて彼の首元に顔をうずめる。ヴェール越しに感じる彼の背中は温かく、深い草の匂いがした。
と、ホブゴブリンは平らなところばかりを歩いていることに気付く。突き出た石とか水たまりとかを避け、足元に寄ってきてちょっかいをかける小さい妖魔を追い払いながら、たまにあたしの顔を丸い目で見やりながら、ゆっくりゆっくり進んでいく。
あたし、優しくしてもらってるんだ。
あたしは彼のことをよく知らないしそれは彼も同じはずなのに、彼はあたしを気遣っておぶって歩いてくれている。枝とか飛ぶ妖魔からあたしを庇って歩いてくれている……
……ああ、あたし、嬉しいんだ。
最後に優しくしてもらえた。それだけもう怖くないとすら思えた。短い人生だったけれど、ドラゴンに食べられる前にいい思い出ができた。
すっかり身を委ねて目を閉じてみる。彼の身体の深草の匂いがひどく落ち着いた。
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