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 朝日に瞼をくすぐられ、シャナは目を覚ましました。  洞窟の中、ふかふかの干し草のベッドから身を起こします。この干し草のベッドは、昨夜()のクエレブレが自身の寝床を少し解いて即席でこしらえてくれた代物でした。朝日は高い天井、明かり取りの風穴から射しこんできます。 (夢じゃない……)  シャナは顔を覆い、深いため息をつきました。  シャナは隣町の人間でした。数年前から自分を口説いてきていた男が、とうとう婚姻を迫ってきたので、耐えられず家を出たのが4日前のことです。シャナは馬に乗れませんでしたので、顔を隠す長いローブに飾り気のないドレス、自身の貯金と身支度用の小物のみを持って徒歩でこの土地までやってきました。(尚、隣町といっても、この洞窟から山3つ、河1つ越えた場所なのですから、彼女が国境を越えていたとしても然程おかしい話ではないのです)  シャナの家は裕福ではありませんでしたが貧しくもありませんでした。しかしその強引な求婚者はそれなりの地位の男だったので、父も母も乗り気であったのです。それがこのシャナには耐えられませんでした。父も母もまだ動ける年齢と身体でしたので、思い切って身一つで飛び出してきたのでした。  しかし男は追ってきました。馬を操り、一緒に戻ろうと言いました。しかもシャナの両親と、娘を無事に連れ帰ってきてくれたら嫁にやると約束してきたと言うのです。勝手なことをと、シャナは走りました。走りながら考えました。  何故自分は逃げているのだろう。彼と結婚したなら、糸紡ぎよりも裁縫が、水汲みよりもパン作りができるかもしれないし、父も母も生活がしやすくなるよう手ほどきができる――  けれどもシャナは、どうにも彼のことが好きになれなかったのです。彼が自分に向けてきた口説き文句の全て――彼自身を良く見せるようなものだったり、他の誰かと比べて自分がどれだけ優れているか、自分とシャナが結婚したらどんなにいいことがあるか……そんな宗教じみた文言ばかりで、シャナ自身の気持ちを重要視していないように思われて、どうにも彼の愛を享受することができなかったのです。  しかしそのおかげで、自分は今、洞窟に住まうドラゴン・クエレブレと共にいる――シャナは自身の行いと数奇な運命を呪いました。最早どちらが妙手だったのかなんて分かりませんでした。  バサッ、バサッ、と、外から力強い羽音が聞こえ、気配が洞窟口から入ってきたようです。 「やあシャナ、おはよう!」  顔を出したのはクエレブレでした。 「よく眠れたかい? 顔を洗って、食事にしよう! とても良い天気なんだ。きみの不安も吹き飛ぶよ」  そう、屈託のない笑みを以てして言うので、シャナもぎこちなく笑い返しました。  夏の湧水は冷たすぎずすっきりと、シャナの顔と頭を冷やしてくれました。 「ああ、きみの瞳はなんて美しいんだ。まるで上等な宝石だ」  洞窟口の上方、ほどの良い、植生が所々花開く岩場にて。日の下で、クエレブレがうっとりと呟きます。 「ええ、どうも……」  対するシャナはかろうじて返事をしましたがそっけないものでした。  シャナは、長い金髪の他に、アイオライトのような薄菫色の瞳を持っておりました。それは昨夜、闇の中の炎の色では映しきれなかった色でした。金髪だって同じです。昨夜の月光の大人しい色で隠れていた輝きは、今や日光を受けキラキラと、本物の金のように風にたなびいているのでした。  クエレブレの嘆息は日の下で改めて見る美しいシャナに感動したためでした。ただ、それは対するシャナも同じこと。シャナは昨夜恐怖と疲れ、緊張感により冷静さを欠いておりましたが、しっかりと休息をとり心構えをした今、ようやく自身の周りと彼をじっくりと観察するに至っておりました。  クエレブレは、立派なドラゴンでした。水中に揺れる水草のような深くも澄んだ色の鱗は大きく堅く、槍も弾丸も跳ね返しそうです。大蛇のような長くしなやかな身体、その背から生える翼は出航する帆船のような逞しさで彼の背に収まっております。一対だけの脚、その大きな掌はシャナをすっぽりと包んで隠してしまうことができるでしょう。髪のように見えるたてがみは針葉樹の葉のようにしなやかで硬質。鈍く光る爪、角、牙は鉱石のような頑強さで、その目は磨き上げたガーネットでした。  そんなクエレブレをシャナも心から美しいと感じたので、お返しに伝えると、クエレブレは照れて身をよじったり宙返りをしたのでした。素直な彼を可愛らしく思いながらもしかし、やはりシャナはまだ彼への恐怖心を拭いきれないのでした。  少し早いネクタリンは酸っぱく、しばらく口の中に残りました。
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