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覚悟を決めて、プリントに向き合い、筆箱から普段からよく使うピンク色のシャープペンシルを取り出す。
まずは、まだ気分の楽な古典からだ。
さあ、やってしまおう。いざ。
紙にシャーペンを押し付ける。
パキッ。
「えっ」
どこからかなにかが割れたような音がした。
具体的には右手から。思わず声が漏れる。
右手の中にあるものを恐る恐る見る。
コロコロと転がっていく金属光沢のシャーペンの先。
芯が出るあの部分だけが机の上に転がっている。
「えぇ……」
先のパーツの締め付けが緩くなって外れたのかと思って見ると、どうも違う。折れている。
「そんなこと、ある……?」
先を固定していたペン本体のプラスチックが完全に折れている。
直すにしたって接着剤でくっつけるぐらいしか対処の方法はないだろう。
中学二年の時に出会い、この三年間共に過ごしてきた戦友が無残な姿になっている。
「…………」
だめだ。やる気がすべて吹き飛んだ。
一瞬で何をする気にもならなくなった。
「はあ……」
勉強机から離れ、自分の部屋から出て、階段を下りる。
一階で母が晩御飯の支度をしている。なんだか良い香りがしている。
「あれ、紅莉? 宿題やるって言ってたじゃない?」
私の気配に気が付いた母が声をかけてくる。
「なんかやる気飛んじゃった。牛乳ある?」
「なんやそれ。冷蔵庫にちゃんと買ってあるよ」
冷蔵庫を開けて、サイドポケットにある牛乳を手に取る。こういうときはなにか口に入れて気分を変えよう。
「シャーペン壊れちゃった」
「……シャーペンてそんな壊れることある?」
母が調理中の鍋から目を離すことなく話を続ける。
「先っぽが折れちゃって取れちゃった」
牛乳をテーブルの上に置き、食器棚に向かう。
「そんな壊れ方することもあるんやね。まあ紅莉も新学期なんやし新しいの買ってきいな」
「うん……そうする」
自分の歯切れの悪さに、思っていた以上にあのシャーペンに愛着があったことに気づく。
とりあえず今は牛乳を飲もう。
食器棚の中から私のお気に入りのマグカップを探す。真っ白の下地に昔流行った子ども向けのたキャラクターがプリントされたカップ。いつもの定位置にある。
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