うちの天使

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うちの天使

 「あんまりこんなこと言いたかないんだけどね」  何か問題がある時は必ずと言って良いほどにこの台詞を言われる。 (もう少し粋な台詞を言ってくれるならこっちの肥やしになるのに) ミキコは心の中でこう悪態を着いた。当然、今相手に見せてる表情は笑顔だ。この技はミキコが社会というものを意識してから身につけたものであり、この世の誰よりも上手にできる。 ……と自分で勝手に思っている。  誰かにやめろと言われればやめられるのだろうが、正直こうでもしないと自分の身が持たない時の方が多い。これで苦しむのが自分の口角だけになるのなら安いものだとミキコは思う。 「すみませんコバヤシさん、言って聞かせますんで」 「頼みますよほんと。もうこうやってお宅の部屋に出向くの5回目なんですからね」 「あはぁ……、そうでしたか」 (回数覚えるぐらいなら言っても無駄だってことぐらい学べよ。このアパートで直接言いにくるのはアンタだけだって。私より歳とってんならそんぐらい察しろ) 「そのぉ、ケントくん……? でしたっけ? 」 「ケンタです」 (こいつ文句言う前に人の息子の名前ぐらい覚えろ) 「ケンタくんおいくつでしたっけ? 」 「25ですが」 「……お元気なのはいいだけどねぇ。その……施設とかは……考えてないの? 」 「え? 」 「いやだって……、ねぇ? 」 「考えてないですねぇ、お金、ないので」 (ここに住んでんだからあるわけないでしょ。……いや実際あるけどさ……、その後の金銭の面倒まで考えての発言とは思えないんだよなぁ。アンタが出してくれるならいいんだけど、出てくるのは文句だけなんでしょ?) 「まぁ大変なんでしょうけど、お願いしますね」 「はい、すみません」 そうして軽く頭を下げながら玄関を閉める。去り際のコバヤシの顔は溜息を吐く寸前だったのがミキコには見えた。この他人の表情を目の当たりにするのも何回目だろうか、そんな具合で良く今まで社会を生きていけたものだ。やっぱり自分の特技は並大抵の人間には身につけられないのだろうなとミキコは哀れんだ。  さて、先程から話題に上がっているケンタはというと 「ゔぃぃぃぃん!」 バリカンの音のモノマネをしながら自分の頭を剃っていた。
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