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それから更に数週間が経ち、コバヤシの後の部屋の住民が決まったようで、その人物がミキコの部屋のインターホンを鳴らした。扉を開けると顎髭を生やした大柄な男が立っていた。
「お初にお目にかかります。カンダと申します」
「あ、ど、どうも」
カンダの姿に少し驚くが、彼は姿に似合わない笑顔を此方に向けていた。ミキコは何となく
(この人は多分、私と同じ技を使える)
そう思った。カンダはその笑顔をやめた途端に申し訳なさそうな顔になった。
「そのぉ、トミタさん、いきなりこんなこと言うのは申し訳ないのですが」
「はい、何でしょう? 」
(まぁきっと、大家にうちの事情でも聞いたから、ケンタをなるべく静かにさせてくれってお願いなんだろうな)
「ピアノの音でうるさくしてしまうのですが、大丈夫でしょうか? 」
「え? ピアノ? 」
「はい、電子ピアノなんですが……。あ! 実は私、この街で新しくゴスペル教室を開こうとしてまして、それでピアノの練習を部屋でもしたいのですけれども、お隣のトミタさんには特にご迷惑になってしまうと思うので、一言申し上げておきたくてですね」
「あぁ……そうだったんですね」
「それでぇ……大丈夫ですかね。なるべく日中にやるようにするのですが」
「いや、気にしないでください! それより、うちもご迷惑お掛けすると思うんです」
「え、そうなのですか? 」
「大家さんから聞いてません? うちの子のこと」
そうミキコが言うと、いつの間にか後ろにケンタが立っていた。
「ヲォーおっきぃ! 」
「こらケンちゃん、失礼でしょ」
「アッハッハ、よく言われます」
「ケンタっていいます。この子が……そのぉ」
「あ、はい、おおよそわかります。以前に一度お会いしたことありますよね」
「え? 」
「ほら、大通りでケンタ君がハンバーグが良いって言ってた時、覚えてませんか? 」
「あ、ああ! 」
「あの時一声かけたのですが、大丈夫ですと言ってそのままお帰りになったのを覚えてます」
確かにあの時男性が声をかけてくれていた。ミキコはあまりその人の方を向かずに返答をしてたので、姿を見てはいなかった。カンダがこう言わなければ分からなかった。
「その節はどうも」
「ああ、いいえ、ケンタ君はハンバーグが好きなのかな? 」
「んぅー! 」
「そっかそっか」
「んとね、うたすき! 」
「そうなんだ! おじさんもね、歌すきなんだよ。そうだ! 今度おじさんと一緒に歌おう」
「良いんですか? 」
「もちろんですよ、まだ他の生徒もいませんし、ちょうど良い! 」
「でも……」
「あ、お金とかの心配はいらないですから」
「あ、はぁ」
押し切られる感じでミキコは了承し、カンダは隣の部屋に移動した。隣からは早速電子ピアノの音が聞こえてきた。ケンタはその音に合わせて声を出したり跳ねたりしていた。
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