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――私は提灯に火を灯す。あなたに帰る道を知らせるために。
これが私のお役目。
桜の花弁が夜空を白く染める夜、家の軒下に提灯を提げる。
この灯りを目印にして家路へ向かおうとする人がいる限り、私は火を灯す。
「火守り姫……」
いつの間に外へ出てきたのか、気づくと藍色の羽織を着た男性が提灯を眺める私のかたわらにいた。
男性の名前は高野宮蒼也様。
丸く曲がった竹ひごを指でなぞり、淡い光を放つ手漉き和紙の提灯を見つめる。
「火守り姫という言葉を覚えているのですね」
提灯には私の名前『冬雪』の文字。
「これだけは忘れてはいけないと思っていた」
その名を指に触れさせ、蒼也様は私を見る。
本来ならば、黒髪のはずの髪は天狐の時と同じ銀の髪で、瞳は晴れた日の湖のような美しい青の色を湛えている。
「お前は何者だ?」
私を覚えていない蒼也様の目は冷たく温度がなかった。
その温度のない目をまっすぐ見つめ返して答える。
「私はあなたの妻でした」
『妻です』ではなく『妻でした』。
それは、私は旦那様と一度も会わずに離縁された妻だから――それでも、この五年間、私はあなたを待っていました。
生きて帰ってきてくれると信じて――
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