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手紙を見る限り、お兄様は冬雪に愛情を持っている。
なぜ、祝言をなかなか挙げなかったか――お兄様が自分で用意した冬雪の花嫁衣裳を着せたかったから。
お兄様が冬雪と顔を合わせる暇もなく忙しくしていたのは、長い休暇を取るためで、盛大に祝言を挙げ、二人で新婚旅行へ行く予定だと、お兄様から雑用を任されている書生が言っていた。
――冬雪を妻にするのが、お兄様の望み。
お父さまが亡くなり、高野宮家の若き当主となったお兄様は一族の者たちの前で、感情を見せず、望みを口にせず、ただ当主の務めだけを果たしてきた。
そのお兄様が望む唯一の人。
「私のものにならない……。お兄様は私のもにはならないの……?」
手から手紙が落ちたけれど、もう一度それを見たくなかった。
ふらりと冬雪の部屋から出て、暗い廊下へ出た。
ひんやりした床の感触が足袋ごしに伝わってくる。
今だからわかる。
当主の妻だから当たり前だと思っていた立派な部屋も、新しい着物と小物もお兄様が用意したものだったのだと。
――妻のために。
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