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「……様が! 蒼也様はお戻りではないのですか!?」
――なんだか玄関のあたりが騒がしい。
昨晩、旦那様からの手紙を読み、あのまま寝入ってしまったようで、気づけば夜が明けていた。
着物を着換え、旦那様の手紙を胸元にそっと差し込んだ。
部屋を出ると、少し強い春の風が桜の花を散らし、縁側に白い花弁を連れてくる。
心なしか昨日よりも日差しが暖かく感じた。
旦那様からいただいた手紙が嬉しくて、気持ちが舞い上がっているせいかもしれない。
「いつもより少し遅くなってしまったわ」
女中たちは気にしないけれど、お義母様は違う。
割烹着を手にして急ぎ足で台所へ向かう。
台所ではすでに朝食の準備が始まっているはず――そう思っていたけれど、使用人たちは廊下に集まっており、台所までたどり着けなかった。
「朝食の準備中では……?」
集まった人々の視線は玄関へ向いている。
なにか大変なことが起きたのか、落ち着かない様子だった。
私の姿をいち早く見つけたのは十深子さんで、青い顔をして私の元へ駆け寄ってきた。
「お、奥様、逃げてください!」
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