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――黄昏時、提灯に火を灯すのが私の役目。
日が暮れ始めた町を一人、あてもなく歩き、頭に浮かんだのは、私がいつもやっていた提灯に火を灯すという仕事だった。
――火守り姫はいったいどんな存在なの?
わけもわからず、婚家を追い出されて、荷物は父の形見のトランク鞄ひとつ。
英国製のトランク鞄は革製で、明治の頃に作られたとは思えないくらい立派で丈夫なものだった。
父の鞄を売れば、多少のお金は入ってくるだろうけど、これだけは売れない。
両親の形見の品は、このトランクと家族写真が一枚だけ。
椅子に座った母が、まだ赤ん坊の私を抱き、その横で洋服を着た父が寄り添う姿の写真だ。
両親はしばらく英国で暮らしていたと聞いたけど、私にその記憶はない。
――お父さん、お母さん……。二人が生きててくれたら、私の帰る場所があったかもしれない。
停車場は人でごった返し、路面電車は人でいっぱいで乗れそうになかった。
その近くでは車夫が人力車をとめてお客を乗せ、私の前を通りすぎていく。
――みんな、帰る場所がある。
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