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私には泊まるお金もなければ、雨露をしのぐ場所もなかった。
何件か住み込みの募集をあたってみたけれど、紹介状も知り合いのツテもない十六歳の娘では、警戒する人がほとんどで、家出娘かワケありな人間だと思われて門前払いされてしまった。
春の夜の冷たい空気が頬をなでてゆき、涙がにじんだ。
――火守り姫ってなに? 異界はどこにあるの?
旦那様の手紙がある胸元に触れ、うつむいた。
「自分のことなのに知らないことばかり……」
私の目から涙がこぼれ落ちた。
「どうしたの? 大丈夫?」
優しい声がして顔をあげた。
顔をあげた先に、ほんのり優しい灯りが見え、私を照らす。
「提灯……」
無意識に私は提灯の灯りの下に立っていた。
提灯には『扇屋』と書かれている。
照らされた自分の顔に気づき、泣き顔を見られたくなくて、慌てて涙をぬぐった。
「大変! 頬が赤くなってるわ」
白い割烹着姿の女性は、私の赤くなった頬にそっと触れた。
ひんやりした指が心地よく、ぼうっとなった。
――お母さんみたい。
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