4 離縁された妻の決意

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 お母さんよりずっと若くてお姉さんと呼んだほうが合っている。  でも、私に触れた手が、あまりに優しくて、お母さんみたいだと思った。 「痛いでしょう?」  私の顔を覗き込み、心から心配してくれる声に気が緩んで涙があふれた。 「中に入って頬を冷やしましょうか。ここは下宿屋で、おかしな宿じゃないから大丈夫よ」 「でも……」 「提灯の灯りを見て足を止めたでしょう? この提灯はね、傷ついた人たちを迎える灯りなのよ」  ガラス戸から見える向こう側――電気の照明が家の中を明るく照らし、提灯の灯りとは違い隅々まではっきり映し出していた。  木製の玄関戸は透明なガラスがはめこまれ、白い文字で『扇屋』と書かれている。 「ここは扇子屋さんですか?」 「そう、昔ね。下宿屋の前は扇子(せんす)屋をやっていたのよ。江戸の頃には大勢の弟子がいたんだけど、時代が変わって、あまり売れなくなってしまったから、今は下宿屋をやってるの」  子供のように手を引かれ、下宿屋の中へ入った。  扇子屋だった頃の名残か、中に入ると壁に扇子がいくつも飾られていた。  竹と和紙で作られた扇子の数々が並ぶ。
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