4 離縁された妻の決意

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 雀、竹林、梅の花などの絵は華美さを抑えたものが多く、素朴だけど作りがしっかりしている。  江戸の頃、日常的に使われていた扇子だと思うけれど、どれも目を引く。  飾られているのは、扇子職人の技を魅せるためで、扇子の絵や文字、華やかさを見てほしいわけではないのだとわかる。  扇屋は扇子作りをやめてしまったけれど、いつか誰かがこれを見て、同じように作りたいと思うかもしれない――そんな思いが残されているのだと私にも伝わってくる。 「少し待ってて。今、水に濡らした冷たい手ぬぐいを持ってくるから」  扇に気をとられていた私は我に返り、慌ててお辞儀をした。  そこで、ようやく他のものにも目がいった。  春になったといっても夜はまだ冷えるからか、玄関先には火鉢が用意されてある。  下宿屋の主人の心遣いがうかがえる。  ――なんだかここにいるとホッとする……。でも、こんな明るくて暖かい場所に私がいてもいいの? 今、旦那様が苦しんでいるかもしれないのに。  私は人から優しくされていい人間じゃない。  罪悪感と後ろめたさを感じ、立ち去ろうとした瞬間―― 「うわっ! 危ないなー」
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