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「探すのではなく、私は待ちます。いつか旦那様が戻った時、火守り姫として自分の役目を果たすために」
幾久子さんは私の待つという言葉に険しい顔をした。
「戻るまでに何年、何十年かかるかわからないわ。それに、異界に長くいると、戦神は人であったことを忘れてしまうの」
「人であることを忘れた俺たちは獣に堕ちる。戻っても蒼也は人でなくなり、君を覚えていない。それでも君は待てる?」
――旦那様。
胸元の手紙に手を重ねた。
私が覚えている限り、旦那様は人であることを忘れない。
そんな気がした。
だから――
「待ちます。高野宮家から離縁され、妻でなくなったとしても、私は旦那様の火守り姫です」
志郎さんの口もとに笑みが浮かんだ。
それは他の戦神も同じで、空気が和らいだ。
「君の覚悟を受け取った」
志郎さんは広げた手のひらを握りしめ、心臓の前に拳を置く。
そして、幾久子さんに言った。
「幾久子。提灯の火を灯して。今から異界へ渡る。口で説明するより、実際に異界を見たほうが早い」
「志郎! 何言ってるの!? こんな時間に異界に渡るなんて危険よ」
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