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「冬雪さん! なにをぼんやりしているの! 早く提灯に火を灯しなさい!」
玄関先から、お義母様の私を叱りつける声がして、ハッと我に返った。
「お義母様、申し訳ありません」
感傷に浸り、不安になっている場合ではなかった。
仕事と用事は山のようにあり、それをこなすだけで一日が終わってしまう。
『当主の妻として、当然のお務めですよ』
妻の仕事と言われたら、なにもわからない私は逆らえない。
言われるがままに、お義母様の買い物をしたり、知り合いの方のお見舞いやご機嫌伺い、お届け物などをこなす。
ただ私は遠い場所でも人力車を頼めず、毎日、徒歩で足が痛むほど歩く。
私が嫁いできて家にいるのは朝と夕方くらいで、おつかいに出されているほうが多い。
深夜に帰る旦那様といつになったら、きちんと挨拶をして話ができるのかわからなかった。
せめて、外に出る用事が減ればいいのだけど……
――でも、たくさんある仕事の中で、提灯に火を灯す仕事だけは、なぜか特別に感じる。
薄暗くなった玄関の吊り具に、『冬雪』という私の名が書かれた提灯を飾り、火を灯す。
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