5 火守りの姫

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 幾久子さんがわからない私のために説明してくれた。 「私の火は、戦神の才能を持つ候補生たちが戻るための火でもあるの。多くの戦神のために灯す火は、遠くまで届かないのよ」 「幾久子さんは扇屋の火守り姫ということですか?」 「そう。戦神候補生たちの火守り姫なのよ。だから、私が扇屋を継ぐと決めた時、提灯に文字を二つ書いたの」  言って幾久子さんは『扇屋』と『幾久子』という文字を指差した。 「本当は二つとも『扇屋』にするつもりだったんだけど、志郎がね。拗ねて戦神をやめてやるって言ったから、ひとつを私の名前にしたのよ」  幾久子さんは『扇屋』をふたつ書いておけば、候補生たちが遠くまで行けたのにと、残念そうな顔をしてつぶやいた。   「候補生のための下宿屋を営む女主人にとって幸せなことは、優秀な戦神をここから何人も旅立たせること。彼らがたった一人の火守姫を見つけるまで、ここは仮宿(かりやど)となるの」 「俺の火守り姫は幾久子だけだ」 「志郎、私はね! 扇屋を継いだんだから……」 「でも、俺のために名前を書いてくれた」  志郎さんの言葉に幾久子さんは赤面した。
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