5 火守りの姫

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「いずれ、幾久子は俺だけの火守り姫になってもらう」 「かっ、勝手なこと……!」  幾久子さんが志郎さんになにか言い返す前に、笑いながら私の手を取り、暗闇の中へ飛び出した。    ――飛び出したというより、『飛び込んだ』。  それは闇の海に潜るような感覚で、水面が現世(うつしよ)であるなら、水面から下が異界。 「志郎さん!」 「大丈夫。水じゃないから息ができるよ。ゆっくり息を吸って吐いて……目を開けて」  闇色の水の中――飛び込んだ時の衝撃の名残か、気泡が頭上へ流れていく。  志郎さんが言うように、水ではないようで、私の髪も着物も濡れていなかった。  そのまま、深く潜っていくと、赤く塗られた曲線の橋が見えてきて、そこを目指す。   「まずは(いち)の橋」    私と志郎さんは、ゆっくり空中から赤い橋に降り立つ。  暗闇を焼く赤い橋は、頭上から降り注ぐ提灯の光によって照らされている。  提灯からこぼれる光は闇色の水に溶け、星くずみたいに見えた。 「綺麗……。天の川みたい」  落ちてきた光を手のひらで受け止めてみても熱くなく、雪のように溶けて消えた。
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