5 火守りの姫

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 私に罪を着せて追い出した高野宮の人々――誰も証言してくれなかったのは働き口を失うわけにはいかなかったからだ。  現世の灯りが、水に映ってゆらゆら揺れている。    「昼間は陽の光が異界を照らす。それでも、奥へ行けば行くほど光は届かなくなる」 「夕暮れになると陽の光の代わりに、提灯で異界を照らすということですか?」 「それだけじゃない。俺たちが異界から現世へ帰る目印になるんだ」  志郎さんは帰る目印と言って迷うことなく、ひとつの名前を指さした。    ――『幾久子』。  見上げる志郎さんの横顔を見ると、嬉しそうでどこか眩しそうな――とても大切な名前なのだとわかる。  旦那様もこうして、私の提灯を暗闇の中で見つめてくれていたのだろうか。  異界から見える火守り姫が灯した火は、本当に美しく特別だった。 「提灯の灯りは水面に映った家の灯りみたいですね」 「そうだよ。俺たち戦神にとって、あの灯りは家の灯りなんだ」  懐かしくて切なくて、あの灯りの下に私が焦がれた『幸せな家族』がいる。  家族ではなくても、大切な人がいる灯りのもとへ帰りたいと願うのだ。
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