5 火守りの姫

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 やっぱり志郎さんは、私が『待たない』と言うのを期待していたようだ。 「私と家族になろうと言ってくれたのは旦那様だけなんです」  胸元に残る果たせなかった私たちの約束。  ――私のまだ見ぬ旦那様。  どれだけ心待ちにしていたか、きっとあなたは知らない。 「旦那様を待つことが不幸だと思っていません」 「……わかった」  志郎さんはそれ以上、私を止めなかった。 「君の覚悟を知れてよかった」  ――本当は戦神たちも待っていてほしい。  でも、待つには長すぎて、誰も私に待てとは言わなかった。  それでも、私は待つことを選んだ。  なぜかわからないけど、旦那様が私を待っている気がしたから。 「それじゃあ、戻ろうか」 「はい」  志郎さんに手を伸ばした瞬間、貧血のような目眩を感じた。 「あ、限界だったか」  石を背負ったみたいに体が重く、ぺたんとその場に座り込んだ。 「異界に長くいると、普通の人は力を吸い取られて衰弱死するんだ」 「死……!?」  幾久子さんや他の戦神が強く止めたのは、私が異界へ渡ると危険だと知っていたからだった。 「急いで戻ろう」 私の体を志郎さんが抱えてくれたけれど、目を開けていられたのはそこまでだった。  閉じていく目蓋に水面がうつり、提灯の火が揺れていた。
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