前夜(1)

1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/33ページ

前夜(1)

段差を乗り越えたような緩い揺れで、俺は窓ガラスに頭を打ちつけた。 (ああ、また…) ぼんやりとした意識で、今まで夢をみていたことを把握する。どうやらバスに揺られているうちに眠ってしまったらしい。窓を見ると、ぱたぱたと水滴が打ちつけられている。夜の暗闇の中に浮かぶ電灯に照らされて、強い雨が降っているのが確認できる。だからこんな夢をみたのかもしれない。 ふと、握りしめていた手のひらをほどいた。やはり、ある。陶器のようなものでできた、薄くて小さなかけら。俺はそれをパズルピースと呼んでいた。 (寮についたら、瓶に入れよう) もう何個目になるのか、数えるのをやめてしまった。ただ捨てるには惜しくて、いや、何か意味があるものだとしか思えなくて、このかけらをずっと集めている。誰に言っても信じてもらえないが、夢をみて、目が覚めると握りしめているのだ。 自分がみる夢が他の人とは違うのだということに気づいたのは、小学3年生くらいだっただろうか。昨日の夢がおかしくてさ、というようなたわいもない会話で、級友が話すものはすべて自分とは違っていた。 俺は、口にするのもおそろしかった。夢をみるのが怖かった。夢をみませんように、と毎日願いながら布団に入った。眠りたくなくて、夜ふかしして気絶する限界まで起きていて、朝寝坊で母親に怒られながら起こされ、夢をみなかったことにほっとした。 夢は、いつも誰かが死ぬ。その誰かはいつも同じような気がするのだが、目が覚めるとその姿だけすっぽりと抜け落ちて、全く思い出せない。いつもそいつの死に立ち会うのだ。そう、さっきの夢のように。 俺は何とかしたかった。自分のためにも、そいつのためにも。ただ死を眺めるだけの自分に耐えられなかった。繰り返される、誰かの死。夢だからなのか、舞台となる国や時代は様々で、あらゆる形でそいつは死に晒されていた。 12歳になったとき、俺は一歩踏み出すことに成功した。そいつが川に転落して溺れているところを奇跡的に救うことができたのだ。何も考えずに飛び込んで、自分も溺れていたような気もするが、無我夢中でそいつを離さないようにつかんで、岸辺に引っ掛かるのを待っただけだったが。目が覚めると、初めてのパズルピースを握りしめていた。まるでそれが戦利品であるかのように。 乗っているバスは学園行きの最終便だ。もっと早い時間帯に到着したかったが、両親の事故後の手続きで弁護士兼後見人との接見がどうしても今日午後にしか時間が合わなかったのだ。スマホで時間を見ると、20時を過ぎていた。景色を見ても、そこがどのあたりであるかは見当もつかなかったが、おそらくもうすぐ着くであろう。バスは峠道をゆっくり上っていた。 車内には自分と、前方にもうひとりが乗っていた。抑えめの電灯でよくは見えないが、同じような背格好だから学園の生徒だろうか。自分と同じように編入してきたのだろうか。そんなことをぼんやりと考えていると、無遠慮な遠心力が体にかかった。 「えっ?」 バスが急ブレーキをかけて、大きく蛇行する。体が大きく投げ出される。何が起こったのか、わからない。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!