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邂逅(1)
全身が痛い。寒い。目を開けると、固くて冷たい床が広がっていた。視線を動かすと、何処かの室内にいるかのようで、俺はさっきまでの記憶とのつながりのなさに飛び起きた。
「いてて…、なんだここ…」
何かの施設のような、たとえるなら図書館や研究所、というのも天井がやけに高く、壁面に本棚がみえたからだった。
(いや、俺、バスの事故にさっき…、しかも崖から落ちたよな?)
いつもの夢だというにはなまなましく、全身も雨にうたれてびっしょりと濡れていた。
「目が覚めたんだね」
響いた声のしたほうへ、目を向けた。もうひとりの乗客がそこにいた。月明かりが差し込む窓辺から、ゆっくりと俺のほうへと近づいてきた。
「えっと…ここは…?」
投げかけていい疑問なのかよくわからなかったが、俺よりは事態を把握してそうな表情に、どこかすがるような気持ちで尋ねた。
「むちゃするね、きみ」
返ってきたのは、質問とは関係のない言葉と微笑みだった。俺の目の前まで来て、身をかがめると顔を覗き込んできた。俺はようやくそのもうひとりの乗客の顔をしっかりと見た。同い年くらいだと感じたが、ずっと幼いようにも、大人びているようにもみえた。男というよりは、中性的な顔立ちで、すっと通った鼻筋と大きい眼は異国めいた風貌だった。声はその姿には似合わず、低くて男性であることを示す唯一の標であるように思えた。
「きみのおかげでここに来れた」
どこか無邪気な弾んだ声をあげると、彼は俺に手を差し出した。何となくその手を取ると、ぐっと引き上げて俺を立たせた。
「そんなに長くはいられないかもしれないから」
彼は俺に背を向けて本棚へ向かった。
「ここは何処なんだ」
もう一度、俺は疑問を投げかけた。
「檻であり、箱庭であり、起点、かな」
何のことやらわからない。俺は窓辺に駆け寄った。そこには煌々とした月明かりに照らされた美しい庭園が見えた。何故だか見覚えがあるような気もしたが、思い出せない。建物もいくつかそびえ立ち、一番目を引いたのは時計塔だった。
「ここからは出られないよ」
その声にはっとなって、振り返った。何冊か本を手に取った彼が、俺を穏やかな目で見つめていた。
「ここには俺たち以外、誰もいないのか?」
「そうだね」
「きみはここに来たことがあるのか?」
「…ずっと前に、一度ね」
ふと、物憂げな影がよぎったのは気のせいだっただろうか。
「僕はレイ、きみは?」
「え…俺は葉瑠、成宮葉瑠だよ」
「そう、これからよろしく、ハル」
レイと名乗ったもうひとりの乗客は、俺に微笑みかけた。
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