2.歌がきこえるー実玖sideー

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医師からは、出来ることなら仕事も休んでゆっくりした方がいい、と言われたものの、今、仕事も休んで引きこもってしまったら、気を紛らわせる場所が無くなり、もっと悪くなるのではという、ある種の強迫観念に駆られていた。 最終的には薬で調整しながら、様子を見ることに落ち着き、副作用のなるべく少ない薬で経過を見ていくことになった。 その間も家族や友人が気を遣ってくれ、気分転換の遊びや食事に連れ出してくれたり、話を聞いてくれたりした。 そんな日々を過ごしていたある日、たまたま仕事が休みで夕方まですることがなかった私は、気分を紛らわすために散歩でもしようと思って、川沿いを歩いていた。 すると、どこからか歌声が聞こえた。 私は導かれるようにその方向へ足を向けた。 その人…柊希さんはギターを片手に、とあるアーティストの歌を歌っていた。 優しく、語りかけるように紡がれていく…いわゆる本家とは少し違う歌い方だったけれど、私にはそれが違和感なく、むしろ自然に聴こえて心地良かった。 歌われていた歌が、たまたま私が好きなアーティストの歌だったから、ということもあったけれど、気が付けば、足を止めて柊希さんの歌を聞いていたし、声まで掛けていた。 婚約者の件があってから、人と関わることに若干の抵抗があった。申し訳ない話なのだけれど、慰めてくれた家族、友人達にでさえ、感謝はしつつも、本音はどうなんだろう、私は慰めてもらう価値などあるのか…などと思うこともあった。 …にも関わらず、である。 なぜ、声を掛けようと思ったかは全く分からない。
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