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申し訳無さそうに言う彼女に、俺は慌てながら、
「い、いえ!今は練習のつもりでここで歌っているだけで!だから、その、気にしないでいいから…」
と言った。
もちろん、俺の歌を聞いて、少しでも対価を支払ってもいいかと思われたのならそれはそれで嬉しい。だけど、少なくとも今はそのつもりで来ていなかった。
「…練習でも良ければ、聴いてもらえると嬉しいです」
どういうわけか、彼女に聴いてほしいと思い、気が付けばそんなことを口にしていた。
***
1曲歌い終わった後、彼女は大喜びで拍手をしてくれた。
歌った曲はオリジナル曲だったけれど、自分が歌を歌って、こんなに喜んでもらったことが過去にあっただろうか。
「わー!ありがとうございます!すごいです!聴き入っちゃいました!」
手放しで俺を褒める彼女に、ちょっと大げさじゃないかと思いつつも、悪い気はしなかった。
その後、何となくずっと彼女を立たせておくのも申し訳なくて、俺は彼女に座るよう促した。すると彼女は自然に俺の隣に座ってきた。
それにしても、初対面の男の隣に座るなんて、怖くないんだろうか。
そんなことを思いつつ、隣に座ってきた彼女と何となく話をすることになった。
彼女の名前は相模 実玖と言った。年齢を聞くと、俺より2個下の25歳だった。
「加川 柊希さんと仰るんですね。素敵なお名前ですね」
まさか名前まで褒められるとは思わず、何だか嬉しいような恥ずかしいようなむず痒さを感じていた。
「いや…そんなことは…」
「あ!じゃあ“柊希さん”って呼んでもいいですか?」
「え?それは全然構わないけど…」
「私のことは“実玖”でいいですから」
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