1章 電撃結婚の真実  第11話 予想範囲内ではあるものの

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1章 電撃結婚の真実  第11話 予想範囲内ではあるものの

 あやかしには人間世界で仕事をしている人も多く、その中には大工さんもたくさんいて、真琴(まこと)雅玖(がく)と子どもたちのお店兼住居を、急ピッチで建ててくれると言う。  着工から完成まで早くとも半年ほどが掛かるものらしいのだが、3ヶ月で建てると気合いを入れてくれていた。  人間が家を建てるとなると、当然夕方から朝方まで建築工事が止まる。だがあやかしたちは妖力を使い、近隣の迷惑にならない様に、3交代で24時間稼働すると言うのだ。  妖力。これまで雅玖や子どもたちを始め、まるで人間を相手にしている様なやりとりばかりだったから、うっかり忘れがちになってしまうが、彼らはあやかしなのだ。人間の想像の及ばない力を(よう)していても、おかしく無いのである。  雅玖が用意した土地は、あびこ駅からほど近い空き地だった。飲食店を開くには充分な立地である。  あびこは下町とはいえ大阪市内だし、利便性が高く人気のある大阪メトロ御堂筋線が通っている。地価はそれなりにしたはずだ。あらためて雅玖の財力には度肝を抜かされる。  それに加えて上物(うわもの)は3階建てである。地震大国日本なのだから、耐震構造をこれでもかと取り入れた頑丈な建て方だ。予定しているインテリアも新たに入れる家具なども、真琴の価値観よりもぐっと贅沢なものである。雅玖の頭の中に節約という文字は無いのだろうか。  エクステリアが完成すると、真琴もヘルメットを被って1階の店舗部分に立ち入り、真琴のラフを元に描かれた設計図を確認しながら、理想のお店を作って行く。  使う壁紙や置く家具、食器に厨房設備など、上を見ればきりが無い。なので真琴は真琴の納得できる価格と天秤に掛け、慎重に選んで行った。 「お金のことは気にせず、真琴さんの思った通りのお店を作ってくださいね」  雅玖はそう言ってくれるが、いくらなんでもそこまで厚かましくはなれない。これでも真琴はれっきとした庶民なのである。遠慮の心だって持ち合わせている。いくら旦那さまである雅玖が裕福だと言っても、真琴には真琴の身の丈に合ったものがあるのだ。  それでも(こだわ)りながら作って行くお店は、真琴の大事な空間になろうとしていた。  母親への結婚の報告は、それはもう修羅場になった。  雅玖の年齢を30歳とし、5人の子どもたちは雅玖の連れ子だという設定にすることになっていた。  そして苗字が偶然同じ浮田だったことにした。あやかしには苗字が無いので、雅玖にも無い。人間世界で働くあやかしたちは好きな苗字を付けているそうである。好きなキャラクターから付けたりするそうだ。  結婚そのものは、母親は大歓迎だった。一緒に実家に行った雅玖を見た母親は、ほとんどの女性がそうなるのと同様に、その美貌に呆然し、次にはご機嫌になった。  しかし5人の連れ子がいること、自分たちの子どもは望んでいないこと、結婚式はせずにウェディングフォトだけを撮ること、割烹は辞めるが飲食店経営を始めることを言うと、それはもうヒステリックに大反対されたのだ。  父親は口うるさい母親の陰に隠れてまるで空気の様な存在だが、真琴がまともに話せるのはこの父親の方である。 「真琴がええ様にしたらええよ。真琴が納得して、幸せになってくれたらええ」  父親は優しく、嬉しそうにそう言ってくれたのだが。  母親は、子連れの男性と結婚なんてありえない、自分の子を産まないなんてありえない、結婚式をしないなんてありえない、結婚するのに仕事を続けるなんてありえない、と、ありえない尽くしになってしまったのである。  もう半ば錯乱である。自分の娘が自分の理想、価値観と真逆を行こうとしているのだから。  分かってもらえたら嬉しいとは思ってはいた。だが同時に期待はしていなかった。視野が狭く考えが凝り固まっている母親を懐柔するのは、並大抵のことでは無理だと、娘だからこそ分かっていた。  だから真琴は理解してもらおうとは思わなかった。それでも報告をする義務はある。娘なのだから。  同時に母親にとっては親不孝なのだろうとも思っていた。血が繋がった孫を抱かせてあげられないことも。それは確かに胸が痛む。  だが、これは真琴の人生なのである。母親の言いなりになって後悔したく無い。自分が選択したことで失敗するのなら、まだ諦めも付く。だが母親の言う通りにして納得できない人生になったら、真琴はきっと母親を恨んでしまう。  母親の言う通りにすることだって、それは自身が決めたことではあるのだが、そうした他力本願な人間が、自分の責任を取れることは無いだろうから。 「じゃ、そういうことやから。雅玖、行きましょか」 「でも」  雅玖はこのままで良いのか迷っているのか、真琴を見る目に戸惑いが見える。だが今は仕方が無いのだ。 「ええんです。お父さん、ごめん、あと頼むな」 「うん。真琴、幸せになるんやで。雅玖さん、真琴をよろしくお願いします」 「は、はい」  父親に穏やかに言われた雅玖は気を引き締める様に返事をする。その斜め前で母親は父親にその肩を抑え付けられていた。 「真琴、待ちぃ! 話はまだ終わってへんで!」  母親は金切り声をあげるが、真琴は構わず雅玖を引っ張って実家を出た。 「良いのですか? 真琴さん」 「ええんです。ああなったらほとぼりが冷めるまで放置です」  しかし雅玖は母親に反対されたことがショックだったらしく、大いに沈んでしまった。 「大丈夫ですよ、雅玖。うちのおかんに関しては、私を心配してるんでしょうけど、結局自分の思い通りにしようとしてるだけですから」  我が親ながら、扱いの難しい人である。あまり雅玖を巻き込みたくは無かったので、状況によってはこれからもできるだけ会わさない様にしようと思う。真琴が窓口に、サンドバックになれば良いだけである。 「人間さまには、様々な親子の形があるのですね」  雅玖は自分をそう納得させた様だ。真琴としては、父親に分かってもらえたらそれで良かった。母親の反応は結局なところ、予想範囲内なのだった。
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