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第1話
フィッシェルが婚約破棄をされた数日後の休日、彼女はマリーの家に馬車で向かっていた。
二人ともお互いの家を頻繁に訪れながらお茶をしたり、本を読んだりと親交を深めており、今日は久々のマリーの家でのアフタヌーンティーの予定となっていた。
(マリーの家も少し久しぶりかしら)
馬車を降りてマリーの両親に挨拶を済ませると、いつも二人がアフタヌーンティーをする室内の植物園へと向かった。
すると、お茶をするテーブルの近くに誰か背の高い男性が立っており、緑の葉を撫でて何か真剣な眼差しで見つめている。
その男性はブロンドのさらっとした髪で太陽の光を受けて綺麗に輝いており、前髪は目にかかるほど長い。
フィッシェルはその人物をよく知っており、声をかけようとした……が、彼のほうが先に鋭い声色で話しかけてくる。
「動かないで」
「……え?」
ゆっくりとその人物はフィッシェルに近づいていき、彼女の顔に自らの顔を近づけると二人の距離は吐息がかかるほどに近くなる。
「──っ!!」
フィッシェルは思わずその端正な顔立ちの彼との接近に耐えられず、顔を真っ赤にして目をつぶる。
すると、彼はフィッシェルの肩に乗っていた小さくも禍々しい黒い影を振り払う。
振り払われた黒い影は彼の魔法によって氷漬けにされ、そして一気に力を加えられて粉々に砕け散った。
「フィッシェル、目を開けてごらん。大丈夫だよ」
「──レイ様?」
「君の肩に何か強い魔力の呪いがかけられていた。もう払ったから大丈夫」
「どうして?」
「マリーから何か良くないものがついてるけど、自分の力じゃ払えないから手を貸してほしいって言われてたんだ」
「そうだったのですね、本当にありがとうございます」
フィッシェルは深々とレイにお辞儀をすると、彼はふっと笑顔になって彼女の頭を優しく撫でる。
彼──レイ・ヴェルンは次期公爵であり、そしてマリーの8歳年上の兄であった。
よくこのヴェルン家に来ているフィッシェルともよく知った仲である。
妹のマリーと同じ碧眼は美しく、さらに彼は魔力が国一番と言われるほど強い。
そんな彼についた名は『氷の魔術師』──
自分とは爵位も魔力も比べ物にならないほど上である彼に、幼い頃から純粋な憧れと尊敬の念を抱いていたフィッシェルは、彼との久々の再会を喜ぶ。
「そういえば、マリーはどちらに?」
「マリーなら少し街に買い物に出るって言ってたけど、そういえば遅いな」
窓の外の方を眺めながら帰りが遅いマリーを心配するレイの耳には、シルバーのシンプルなピアスが光っている。
彼の強い魔力を浴びてしまうと、一般人や低い魔力を保持している人間には刺激が強くて彼の魔力に『魅了』されてしまう。
魅了されると、自我を失ったり、意識を失ってしまう。
昔一度、レイの魔力にあてられた令嬢が倒れて大騒ぎになったことをきっかけに、彼は自分の強すぎる魔力を封じ込めるために制御ピアスをするようになった。
「まあ、じきに戻ってくるだろうし、よかったら僕とお茶でもして待たない?」
「いいんですか?」
「ああ、今日は仕事も休みだし暇してたんだ。なにより、フィッシェルと久々に会えたことが嬉しくて、もっと話したいな」
「そんなこと言ったら、女の子なんてすぐに勘違いしちゃいますよ」
「勘違いしてもらっていいよ」
「……え?」
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