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二人の「きょうこ」
もう、男なんてこりごり。と思ったあの牧正臣の拷問の日の翌日から、二人の「きょうこ」は理子と真理のいる別荘に出かけて過ごしました。
レイプの仕返しをした笹森今日子ではありましたが、やはり、まだレイプをされてからの時間が経っていないので心がどこかに飛んで、ぼんやりとしている時間も見られました。
そんな時には真理と響子が、おいしいお菓子とお茶を持ってきて、気分転換に別荘のお庭にある日陰で、理子と一緒に過ごしました。
夏休みが終わった後は、二人はこれまで通り『大和学園』に通いました。
レイプされたことをを表ざたにしたことで、心無い言葉を聞くこともありましたけれど、そのことについては、二人とも正面から受け止めました。
二人でいる事で心を強く持てたのです。
復讐を共に遂げた二人の絆は強く、大学になってもやはり、同じ様に二人で過ごす時間は長くありました。
けれども、大学も3年生をすぎ、その後の進路を決めなければいけなくなった頃には、西園寺 響子には大きな縁談の話が持ち上がっていました。
お相手は、鈴森家の北欧に住むおじいさまと親しい、北欧の中では大きな銀行を持つライアン家の3男であるマーシャルでした。
長男が問題なく銀行を継いでいらっしゃいましたので、マーシャルが日本で西園寺家を継ぐことは問題はありませんでした。
響子は正直に自分に起きた出来事をお相手のライアン家の方々にも話してありました。
マーシャルは
「海外では小学生でそういう目に合う女の子は少なくはないでしょう。響子がそんな辛い目にあいながらも自分で産んだ子供をしっかりと育てている事はむしろ褒めるべき出来事だと思います。」
と、堕胎されることなく、一人の人間として大切に育てられた9歳になった理子の事も大層可愛がってくれました。
マーシャルは容姿は勿論申し分なく、北欧特有の金髪碧眼で、スラリとした手足を持ちながら逞しい胸板を持つ素敵な男性でした。
三男と言う事で銀行を持つお家の方にしては大変のびのびと育てられたらしく、性格ものびのびとして明るく、そして、部屋に迷い込んだ虫も逃がしてあげるような優しい男性でした。
響子は、もしかしたら西園寺家を自分で継がなければいけないとの思いから大学では経済学部を履修していました。
マーシャルは、日本で西園寺家の役に立つようにと響子が卒業するまでに日本語を完璧に扱えるようになる。と決めて響子が3年生の途中から来日しました。
西園寺財閥を継ぐ勉強もしながらの生活を送ると言う事で、勿論、西園寺家で住んでもらう事になりました。
響子の大学については、響子が気が済むまで勉強してから結婚をすればよいと言ってくれました。
でも、父親のいない生活は、色々考えることができるようになってきた9歳になる理子に少し陰を落としている部分もあったので、響子は
『卒業と同時にマーシャルと結婚したいのです。
父親がいなくて寂しい思いをさせてしまっている理子の父親になってほしいのです。そして、私も両親や真理さん、笹森さん以外で、私の事を愛してくれる人と結婚したいのです。』
とお願いしたのでした。
そして、自分に起きた不幸な出来事が小学生の時の出来事だったので、大人たちが、最初はレイプの事を隠すつもりでいた事や、そのために処女膜再生術を施されていることも、響子からマーシャルに話しました。
キリスト教徒であるマーシャルは
「それだったら、結婚式をするまでは身体の関係は持たないで、響子の綺麗な身体をそのままにしておこう。」
と、言ってくれて、小鳥がついばむようなキスをくれました。
程よい距離間で1年間ほどお付き合いする期間がありましたので、理子もマーシャルは安心できる存在の男性なのだと思った様子で良くなつきました。
笹森今日子は、大学の3年を過ぎると、高校生のあの日からずっと過した西園寺家から、もうじき出て行かなければいけない日が来るのだと、ひしひしと寂しさが襲ってきました。
もちろん、途中で、何度も実家には帰っていましたし、響子の母親の響とも何度か実家にクリームコロッケを買いに行くついでに、作るところも見てもらったりしていましたので、笹森家と西園寺家も結構親しくはなっていました。
けれど、所詮は財閥と町のお弁当屋です。
高校、大学と過ぎる間に、女の子から女性に変わっていった今日子は、幼い頃のみっともない女の子からは随分と変わっていました。
骨格は直しようもありませんけれど、いつもきりっとしている西園寺家の人々の間にいる間に、今日子の顔立ちもしっかりとして、ぷっくりとした唇が魅力的に見える目つき、顔立ちに変わってきていたのです。
笹森今日子も大学にいる時には実家のお弁当屋を継ぐつもりだったので、経済学部で経営を学んでいました。
後は、どのタイミングで西園寺家を出ればよいのか悩んでいたのです。
勿論、広いお屋敷でしたので、部屋の問題はありませんでしたけれど、西園寺響子のフィアンセになったマーシャルが一緒に住むようになってからは、尚更遠慮があって悩みが深まるのでした。
少々元気のない笹森今日子の様子に、鈴森真理が一番最初に気づきました。
「笹森さん、最近元気がないようですけれど、どうかしましたか?」
「あぁ、鈴森さん。卒業したら西園寺家とお別れするのが寂しいのと、卒業まで私、西園寺家にいても良いのかしら?と考えてしまって。」
「まぁ、マーシャル様がいらっしゃるからですか?そんなことを気になさっていると知ったら、皆様哀しみますよ。笹森さんはもう西園寺家のお嬢様と同じだと思っているのですからね。」
「ありがとうございます。鈴森さん。でも、私は所詮は町のお弁当屋の娘ですもの。
西園寺さんがフィアンセと一緒に暮らしているのに、私がいたのでは理子ちゃんにも悪い影響を与えそうで。もっとマーシャル様と理子ちゃんが仲良くなった方が良いのではないかしら。と思うのです。」
笹森今日子は、小さい頃に感じたあの裏切りの快感を、西園寺響子への復讐の時に再燃させていたが、そのせいで、響子も自分もひどい目に遭ったことから、あれは良い感情ではなく、子供じみた自分勝手な感情であったと言う事をすでに身をもって感じていました。
あの高校生の頃とは変わって、心を真直ぐにもつことによって、顔立ちも美しく変わってきた笹森今日子の事を、鈴森真理は今は心から響子の本当の友人として、もう一人の娘のように扱っていました。
響子の母の西園寺響に真理は笹森今日子の気持ちを伝えました。
ある日の夕食後、響の部屋へ呼ばれた今日子は、何か緊張した面持ちで響の部屋を訪れました。
この屋敷に住んで5年目になりますが、響の部屋に入るのはこれが初めてなのです。
響の部屋は、響子の部屋とはまた違った雰囲気で、仄かに香る、響がいつもまとっている香が漂う部屋でした。
全ての壁や家具がオフホワイトで統一され、ところどころ濃いピンクの花の模様が埋め込んであります。
美しい、細くて長いレース編みが部屋の隅のソファーの上に置いてありました。
響子の結婚式の時に着るドレスのペチコートの縁に縫い付けてやりたいと響自ら編んでいるものだと言う事は今日子は真理に聞いて知っていました。
昔ながらの西洋の風習なのでしょう。
「どうぞ。こちらにお座りになって。」
広い部屋の真ん中のテーブルを示され、今日子はそこに座りました。
「真理さんから話をきいてね。笹森さんが、響子の事を気遣ってくれているのを嬉しくも思うし、寂しくも思うわ。
もっとこの家で寛いでくれているものだと思っていたのに。」
「奥様、もちろん、寛がせていただいています。制服の心配もなくなって、勉強に使う時間もたくさんとれたので、これまでよりも楽に奨学金を頂きながら進学できているんです。
それに、この家のバランスの取れたお食事のおかげで体型も落ち着きました。
何より、あんなにひどいことをした私の事を誰も責めないで面倒を見てくださるのですもの。
でも、マーシャル様が来て、理子ちゃんとの関係をもっとよくしたいのではと思うのです。それには私がいたら邪魔になるのではと心配なのです。」
今日子は思いのたけを響に語りました。
「ふぅ・・ん。そうねぇ。マーシャルはそんなことは考えていないと思うけど。むしろ「真理ちゃん」や「きょんちゃん」がいなくなって理子が安定しなくなる方が困ってしまうと思うわ。
マーシャルはあなたたちとは別の関係を理子と作るようにしているのだから。
「きょんちゃん」がいなくなったら理子が泣くわよ?」
「理子ちゃんも、もう9歳ですもの。いろいろな事がわかってくるお年頃ですわ。父親の本当の事を話すにはまだ早いですけど、私の家の事は一緒にお買い物にも行って知っている事ですし、「きょんちゃん」は弁当屋の娘ということだって、承知していらっしゃいますわ。」
「理子が、お弁当屋さんの娘だと言う事で、「きょんちゃん」を馬鹿にするとでも?」
「いいえ、奥様。理子ちゃんはそんなことを考えるようなお子様ではありませんわ。お仕事には色々あるということも分かっていらっしゃいます。それも、奥様が理子ちゃんを小さい頃からうちのお弁当屋に連れて来てくださったからですわ。
商店街では、とても可愛い天使のような理子ちゃんが来るのを楽しみにしている人たちまでいるのですよ。」
「あのね、笹森さん。実はあなたにも結婚のお話がいくつか来ているのよ。
勿論、あなたに起きたことも、お家の事もみんなご存じの方ばかりよ。
一人はあなたも良く知っていると思うわ。
二つ年上で中学高校と、生徒会長をしていた竜崎 隼人さんなのですけれど。」
「え?あの竜崎先輩が、そんな、私とは不釣り合いすぎます。」
「あら、不釣り合いって言うのは何を持っていうのかしら?笹森さんが気にしているのは家柄の問題かしら?竜崎さんはごく一般の公務員のお宅の息子さんですよ。お父様は私たちが住むK市の市役所にお勤めですもの。
笹森さんと同じように高校から大学までは返済不要の奨学金で学校を出ていらっしゃるのよ。ご存じなかった?
今はね、大学の医学部を卒業すべく、まだお勉強に邁進中なのよ。医学部は6年間だから、卒業は一緒になるわね。
安心して、もう病院の内定も出ているの。我が家の専門医が沢山いる西園寺記念病院に就職が決まっているのよ。専門は内科と聞いているわ。
我が家の内科の専門医が大分お年なので、引継ぎして今後は我が家専門の内科医になっていただく予定なのよ。」
「まぁ、知りませんでした。それも医学部だなんて。やっぱり素晴らしいお方ですわ。
実は、中学校の最初の生徒会の時に、私の容姿を嗤う人たちをたしなめてくださったのをよく覚えています。」
「他にも、西園寺財閥の関係会社の息子さんや、専属の産婦人科医の先生の息子さんからも釣り書きが送られてきているの。
竜崎さんを除いても5名ほどいらっしゃるわ。皆さま性格も申し分のない方達ばかりですよ。」
「響子さんの間違いではなく?」
「あら、いやねぇ。響子の婚約者がマーシャルなのはもう皆様ご存じですもの。
皆様、笹森さんの気持ちの良さと、根性と言っていいと思うけれど、そういった中身の部分を多く見てくださっているわ。
でもね、あなた、容姿の事を口に出すのは品が無いと思うけれど、笹森さんが気になさっている事を知っているから言いますわね。
あなた、ご自分で思っているほど容姿も悪くないと思いますよ。人柄というのは顔に出ますからね。
高校生からずっと見ていますけれど、成長するにしたがって、目もしっかりして、間違いのない人間だというお顔をなさっているわ。
大学4年生になったらお家の方に釣り書きをお渡ししますからね。皆さんで話し合って、でも、ご自分で決めるのが一番大切ですよ。
さ、私のお話はこれでおしまい。
一緒にお茶を飲んでいってね。」
響きはそう言うと、テーブルに置いてあったベルを鳴らしました。
まもなく響きの好きなオレンジペコを入れたポットを持って、響付きの女中さんが今日子にもにっこりと笑顔を向けながらカップに紅茶を注いで部屋を出て行きました。
どこかのんびりして見えるけれど、聡明な響きのお話で今日子の心はほぐれました。
二人は特に語ることもなく、ごく自然にお茶の香りを楽しみながら『ホゥッ』と息を吐き、目と目で笑いあうのでした。
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