今日子と響子

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今日子と響子

※笹森今日子の思い 『あぁ、やっぱりおかずの交換なんてするんじゃなかった。ううん。その前に一緒にお昼を食べようなんて声をかけなければよかった。』  私は、響子が早退してしまった理由は、きっと自分のお弁当のコロッケだろうと予想がついていました。  それに、お昼を一緒に食べていたのを見ていたクラスメイトからさっそく嫌がらせを受けました。 「ねぇ、笹森さん。あなたのおうち、お隣の町の商店街にあるお弁当屋さんなんですってね。」  教室にいた山本さんが今日子に声をかけてきました。 「えぇ。そうですけど、それが何か・・・」 「そうですけどって、あなた、お弁当屋さんの油って色々なものを揚げるのでしょう?そんなに何度も揚げたものの油でつくったコロッケを西園寺さんにあげるだなんて。きっとそれが原因で西園寺さん早退なさったのよ。」 「そう・・かもしれないです。でも、西園寺さんがあのコロッケを欲しいと仰ったので。」 「そんなの、男子からかばってくださったのに決まっているでしょう?そういう時には、ご自分から遠慮されないと。」 「わかりました。二度とおかずの交換はしません。ご忠告有難うございます。」  私は、せっかくいじめを受ける立場から抜けたのに、響子のせいでまたいじめられてはたまらないと、素直に山本さんに従いました。  その朝、響子が登校してきたときにも真先に謝罪しました。 「あの、西園寺さん、昨日は私のおかずのせいで早退することになったのでしょう?本当にごめんなさい。」 「おはようございます。笹森さん。いいえ、ちがうのよ。私、小学校を卒業する間際まで留学していたのですわ。その間にどうやら慣れない環境で貧血になってしまったみたいで。昨日お医者様からも気を付けるように言われましたの。  ただ、お家でも今は油物を控えていたのに、うっかりとコロッケを頂いてしまったの。あの美味しいコロッケはしばらくは我慢しますわ。体育も貧血でしばらく見学ですの。  ですから、お気になさらないでね。コロッケはとても美味しかったのですもの。」  響子は、何かを察したのか、クラス中に聞こえるような声でここまで話してくれました。 「え・・あ・・ありがとう。かばってくださって。貧血なんて、大変ね。もし、何かあれば、言ってくれれば私お手伝いしますから。」 「まぁ、ありがとうございます。生徒会のお仕事、御一緒できるので心強いわ。」  私はあくまでも優しい響子に、心の底が燃え立つような嫉妬を覚えました。  でも、そんなことは決して表には出しません。  せっかく手に入れた虐めのない中等部の生活を、西園寺響子と一緒にいる事で、更に虐められないように送れる事がよくわかったからなのです。 『そうだ。このお嬢様、西園寺響子を虐める人なんていないに違いない。  育ちも良くて、容姿も良くて、気配りもできて、優しくて。  そんな響子と一緒に居さえすれば、自分だって虐められないだろう。  そうだ。幼稚園の時のマキちゃんのように。  いつも一緒にいて、響子に合わせて学園生活を送って、信頼を得るのだ。  時間がかかってもいい。高校でちゃんと奨学金がもらえるようになったら、高校まで時間がかかってもいいのだ。  私が頑張って、勉強でも遅れないようにすれば、大学まで奨学金で行かれるようになれば、ずっとずっと、この綺麗なお嬢様を騙して、自分の居場所を作っていくことができるのだ。』  信頼を得た時にこそ、その時にこそ、あの、幼稚園の時に得た快感を得るチャンスが来るのです。  裏切るのです。こっぴどく。  その時の気持ちを考えるとワクワクしてもう、たまりませんでした。  それまでは、とにかく響子の人の良さに付け込んで、この世間知らずのお嬢様に取り入って、学園生活を楽しく過ごすようにいたしましょう。  私はどろどろとした思いを明確な目標に置き換えて、とにかく響子と一緒に学園生活を送ることに決めたのでした。   ※西園寺響子の思い。 『あぁ、やっぱり、笹森さん、昨日事で何か言われているわ。』  お金持ちばかりのこの学園に置いて、昨日のようなお弁当を持ってきているというのは私にとっても驚きでしたけれど、コロッケが美味しそうだったのも確かでした。  ただ、食べた結果は散々だったのですけれど。  盗み聞きをするつもりはなかったのですけれど、なんとなく教室に入るタイミングを逃してしまって、山本さんが笹森さんに言っている事を聞いて驚きました。 『まぁ、御実家はあの、お隣の町の商店街で・・お弁当屋さんをなさっているのね。あまりあのあたりからこの学園に来る方はいらっしゃらないけれど、きっとお勉強が好きなのね。成績もよかったのですもの。』  私が教室に入るとすぐに笹森さんは昨日のことを謝罪してくださったわ。 「あの、西園寺さん、昨日は私のおかずのせいで早退することになったのでしょう?本当にごめんなさい。」   「おはようございます。笹森さん。いいえ、ちがうのよ。私、小学校を卒業する間際まで留学していたのですわ。その間にどうやら慣れない環境で貧血になってしまったみたいで。昨日お医者様からも気を付けるように言われましたの。  ただ、お家でも今は油物を控えていたのに、うっかりとコロッケを頂いてしまったの。あの美味しいコロッケはしばらくは我慢しますわ。体育も貧血でしばらく見学ですの。  ですから、お気になさらないでね。コロッケはとても美味しかったのですもの。」  私は教室の中の人たちに聞こえるようにいつもより少し大きな声で話したのですわ。  笹森さんは私がかばったこともちゃんとわかっていらっしゃった。やはり頭の良い方なのだわ。  生徒会のお仕事を一緒にするのも、きっと、笹森さん以外に編入生のいないこのクラスではとても良いことだと思うし。  ご一緒に色々なお仕事をしながら、そうだ。部活動も華道部に誘ってみようかしら。でも、華道部は必ずお着物を着用だし、ご自身で着付けができない様だったら、私がお手伝いしても良いと思うけど・・・  あとで、聞いてみよう。  その日は私の方から、笹森さんに 「お昼、今日もご一緒しましょうね。」  と、声をおかけして、机を後ろにくっつけて、一緒に食べましたの。  少し驚いたのは、笹森さんのお弁当が昨日と全く同じに見えた事だったわ。  茶色い揚げ物のお弁当。よくわからなかったのは昨日のから揚げが、何か違うおかずになっていた様なのですけれど、それが何なのか私にはわからなかった事ですの。 「ねぇ、笹森さん、その、コロッケのお隣にあるのは何の揚げ物かしら?」  私、はしたないと思いましたけれど、どうしても知りたくて聞いてしまったの。  笹森さんは、ちょっと頬を赤らめて 「ちくわのてんぷらよ。」  と、お答えになったの。  私ちくわがなにかよくわからなくて、でも聞くのも失礼なのかしらと思ったので、 「そうなのね、初めて見たものだから。不躾でごめんなさいね。」  と、謝ったの。  笹森さんは、ちょっと不思議な、でも、笑顔で私の方をむいて 「ちくわなんて見たことないわよね。庶民のおかずよ。」  と、答えてくれた。  私のお弁当は今日はおにぎりだったの。俵型に小さく食べやすく結ばれているので、一緒に入っていたウェットティッシュをだして、手で持って食べました。おにぎりはやっぱり手で食べると美味しいと感じる物ですよね。  そして、おかずは今日は野菜はキュウリと人参の糠漬け。  西園寺家に代々伝わる糠床は料理長がとても大切にしているので、和食の時にはいつも美味しい糠漬けをいただけるの。  お肉はおにぎりに合うようにポークの生姜焼きが綺麗に並んでいたわ。  昨日の事もあってか、今日のお昼は少し控えめに入っていたけれど、全部食べるといつも通り私には丁度いい量だったわ。  料理長にはいつも感謝しているの。私の体調に合わせて、丁度良い量のお弁当をずっと作ってくれるのですものね。  今日はお家に帰ったら、料理長にお弁当のお礼をする時に「ちくわ」について聞いて見なければいけないわね。  そう思いながら食べていると 「今日は豚の生姜焼きなのね。西園寺さんでもそういうおかず食べるのね。」  と、笹森さんに聞かれて、驚いたわ。 『あぁ、そうよねポークは豚さんだものねぇ。豚の生姜焼きって言うのね。』  そう思いながら 「えぇ、そりゃそうよ。糠漬けだって食べるし。そんなに食べる物って変わらないと思うわ。」  そう答えると笹森さんもニッコリ笑って、 「そうよねぇ。」  と応えてくれたので安心したわ。  部活動に関しては、もう少し様子を見てから笹森さんを誘ってみようと思ったのは、あまりにも生活に違いがありそうなので、そのことで笹森さんに嫌な思いをしてほしくなかったからなのよ。  その日、お家に帰って、いつも両親や真理さんに言われているように、きちんと料理長の所までお弁当箱を持って行って 「今日も美味しいお弁当をごちそうさまでした。」  ってご挨拶をしたわ。  その時に 「あの、料理長は『ちくわ』ってご存じ?」  って聞いたら大層驚かれて、 「響子お嬢様。ちくわでございますか。勿論知ってはいますけれど、ちくわを御所望でしたら、取り寄せますが。」  と言ってくれたの。 「えぇ。学園のお友達がちくわのてんぷら。っていうのをお弁当に入れていらしてね。何かわからなかったからお名前を聞いてきたのよ。」  そういうと、 「あぁ、ちくわの天ぷら。それはまた庶民的なお友達でいらっしゃいますね。たぶん、お取り寄せするちくわとは見た目が違ってしまうとは思いますけれど。学校でご覧になったちくわは西園寺家のお食事にはちょっとお出しできないと思います。」  料理長の言っている事はとても不思議だったけれど、その時、帰宅したのにいつまでも部屋に帰らない私を心配して、真理さんが理子ちゃんを抱っこしてやってきたの。  お屋敷の中でも理子ちゃんは真理さんの子供と言う事になっているので、料理長は何も不思議には思わなかったはずよ。 「おかえりなさい。響子お嬢さま。どうなさったのですか?」  そういうと、料理長の方を見て、首を傾げました。  料理長が、さっきの私との会話を真理さんにお話すると、真理さんは 「後は私の方から響子お嬢様にお話いたしますわ。そうですね。ちくわを見たことがないのは不勉強ですから、取り寄せるのは良いかと思いいますわよ。」  と、料理長に行って、そのまま私の部屋まで来てくれたわ。  いつも帰宅後に理子ちゃんが寝ていない時には1時間だけは私の可愛い赤ちゃんとの逢瀬を楽しむことになっているのです。  もう、おっぱいもあげられないし、真理さんの事をママと呼ばせて入るけれど、理子ちゃんは大切な私の赤ちゃんですもの。  私の部屋でプレイマットを敷いて理子ちゃんを遊ばせながら、今日のお昼の時の事を真理さんにお話ししましたの。 「響子お嬢様。私はその笹森さんとはあまり仲良くならない方がよろしい気がいたしますわ。お育ちが違い過ぎますもの。なにか響子お嬢様が傷つくような気がしてなりませんの。」 「あら、学園になじめなくて傷つきそうなのは笹森さんの方なのよ。だから、私、慣れるまでは仲良くしようと思っているの。」  真理さんは私の事を心配し過ぎて、時々おせっかいと思えるようなことを言うのですけれど、それは私の事を思っての事。理子ちゃんを産むときの事を考えると、真理さんには口答えなどしてはいけないとわかってはいるんです。 「響子お嬢様はお優しいですから。その笹森さん。今度一度お家に遊びにお呼びになったらよろしいですわ。私お会いしてみたいですわ。」 「そうね。まだ学園の中で落ち着かないと思うので、部活動がお決まりになった頃にお誘いしてみますわね。」  笹森今日子の黒い気持になど気づかずに、響子は少しだけしか会えない自分の可愛い赤ちゃんの理子とプレイマットの上で遊び始めました。  普段の生活も理子ちゃんは真理さんと過ごしていて、私と会えるのは一日1時間。『またいとこ』としての立場でしか会えないのです。  でも、私が普通の生活を送る為には仕方のない事。  まだ、身体が少し辛いのも理子ちゃんを産んだからだというのも分かっているのですけれど、学校ではしゃんとしていたいと思いますの。  それから2日ほど経った夕ご飯の時に 「「ちくわ」でございますよ。切る前に見ていただこうと思いまして。」  と、料理長がちくわを持ってきて見せてくださったわ。  笹森さんのお弁当で見た物とは違って、もっと太くて、とても柔らかそうなものでした。  その後、ちくわを切って出してくださったのですけれど、お魚のすり身と言う事で、お正月に頂くかまぼこと同じような感じの食べ物だと言う事がわかりましたわ。  お魚のすり身を棒に巻き付けて焼いてあるので、焼いてある場所が香ばしくてとても美味しくいただけましたわ。  少しだけ、笹森さんに近づけたような感じがして嬉しい気持になりましたの。
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