部活動と生徒会

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部活動と生徒会

 笹森今日子は悩んでいた。 『あぁ、どうしよう。早く部活動を決めないと、担任がうるさいし、でも、生徒会も毎週あるし。とにかく毎日行われない部活動を見つけないといけないわ。  一番活動数の少ないのは華道部だけれど、着物を着るっていうし、私、着物なんて、小さい頃の浴衣があるだけだもの。とてもこんなお高い学校の華道部なんて無理だし。  運動部は毎日だし、文化部であまり活動がない部活動。ないかしらね。』  今日子は部活動の冊子をめくりながら頭を悩ませていました。   「おはようございます。笹森さん。」  西園寺さんがやってきて挨拶してくれました。 「おはようございます。西園寺さん。」 「あら、部活動の冊子。なにか好きな活動はおありになって?」 「ちょっと困っていて。私、部活動にあまり時間が割けないんです。家のお店の手伝いをするという約束でこの学園に来させてもらっているので。朝も手伝ってから学校に来ているんです。」 「え?あぁ、御実家のお弁当屋さん。きっと美味しいのでたくさんお客様がいらっしゃってお忙しいのね。それに、お家のお仕事のお手伝いをされるなんて偉いわ。」 「あ・・ありがとうございます。」 『あぁ、とてもじゃないけど、夏服を買ってもらうために手伝いをしているなんて言えないわ。』 『まぁ、それで、笹森さんの髪の毛って、朝から揚げ物の匂いがするのね。山本さんたちにそのことでからかわれないといいんだけど。髪の匂いってどうやって教えて差し上げればいいのかしら。デリケートな問題だものね。』  西園寺響子が、笹森今日子のの髪に朝の手伝いで揚げ物の匂いが付いていると気付いている事等、今日子の方では思いもよりませんでした。 「部活動なんですけど、相談してもよろしいですか?」 「えぇ、もちろんですわ。」 「できるだけ活動時間の少ない文化部が良いのですけれど。」 「あぁ、そうねぇ。運動部は毎日だし、生徒会活動の日は部活を休めるけれど、結局生徒会がありますものねぇ。う~ん。文化部で活動時間が少ないのは華道部ですけれど、私も入っているし、いかがかしら?」 「でも、西園寺さん。華道部ってお着物がいるのですよねぇ。私、ちゃんとしたお着物なんて作ってもらっていないので、ちょっと無理かと思います。」 『え?お着物がない。あら、お正月や、正装の時にはどうされているのかしら?ということはご自身で着ることも難しいわよねぇ。』 「そうですか。それでしたら・・う~ん。そうねぇ。そうだ。一度私の家に遊びにいらっしゃらない?私の乳母をしてくれていた真理さんと言う、母方のおばさまがいるのですけれど、私たちと同じように『大和学園』のご出身なのよ。何か良い案があるかもしれませんわ。」  響子は、真理が一度家へお招きに。と言っていたことを思い出して真理にも意見を聞いてみたいと思い、そう誘ってみました。   『え?西園寺さんのお宅?だって、お呼ばれなんて。何か持って行かなければいけないわよね。あぁ、そうだ。今日、急に行くことにしてもらえればいいわ。そうすれば何の準備もいらないし、制服で行けばいいのだものね。』 「まぁ、嬉しいわ。でも、西園寺さん、私、他の日にはちょっと行かれそうにないんです。今日だったら家に電話をして時間を作れると思うんですけど。」 「あら、それでしたら、今日一緒に学校から帰りましょうよ。今日は水曜日で華道部も生徒会もないのですもの。家には私も昼休みにでも電話しておきますわ。」 『あぁ、よかった。これで手土産がなくても不自然じゃないわ。西園寺さんの家ってどんなだろう。きっとすごい豪邸なのよね。』  そういうわけで、その日はいつもより1時間短い水曜日の授業が終ると、今日子は、西園寺家へ初めて行くことになりました。  その日は今日子は驚くことばかりでした。  まず、帰ろうとすると学校の裏門へ連れて行かれました。 「ごめんなさいね、一応車での送り迎えの許可は学校に取っているのですけれど、他の生徒さんのご迷惑になると思うので裏門を使わせていただいていますの。」  響子はまだ産後4か月で身体が本調子ではないので、産後半年を過ぎるまでは貧血を理由に車での送り迎えをすることが決まっていました。  先ずは車での登下校に驚いた今日子は、迎えに来た車を見てまた驚きました。  これまでにテレビでしか見た事の無い長さの、黒塗りの車が裏門の車寄せにとまりました。  身なりのきちんとした運転手が降りてきて 「お帰りなさいませ、響子お嬢様。お友達のお嬢様も。どうぞお乗りください。」  と、ドアを開けてくれました。  車のシートは、よくわからないけれど、きっと革張りです。  程よくクッションのきいたシートに腰かけると、 「シートベルトをお願いいたします。」  と、運転手に丁寧に言われました。  向かい合わせにももう一つのシートがある車の中で、運転手はそれきり黙りました。  西園寺響子は運転手の後ろの席でスッとシートベルトをして静かに座っています。  笹森今日子は、シートベルトの位置がよくわからずにバタバタしていました。  響子は気付いて、今日子に手を貸してくれました。  よく見ると、今日子のさすべきシートベルトのキャッチ部分が今日子のお尻の下になっているのでした。  響子は、笹森さんは随分とお尻が大きいのだわと、驚きながら 「笹森さん、シートベルトの受ける部分に座っていらっしゃるわ。ほら、右のお尻の辺りにあってよ。」  今日子は真っ赤になって、お尻をずらしてようやくシートベルトを締める事が出来ました。  車はようやく静かに発車しました。 「ごめんなさいね。お時間取らせてしまって。」 「いいのよ。乗りなれない車だったらよくあることですもの。」  西園寺響子は「乗りなれない車。」と何の気なしに行ったのだけれど、今日子にしてみれば「こんな高級車に乗ったことないですものね。」と言われているように思えました。  実際には、西園寺響子がそのような意地悪なことを言う訳がないとわかっていたのですけれど、どうにも環境の違いに嫉妬せずにはいられませんでした。  西園寺家に着いて、笹森今日子は思わず口をあんぐりと開けてしまいました。 『財閥のお家とはここまで夢に見るようなお家なのだろうか。』  同じ財閥でも、クラスメイトの山本さん達とは全く格の違いがあることに笹森今日子は気付いたのでした。  まるでお城のような見た目のお家は、門が自動で開くと、車がロータリーを廻り、大きな玄関で二人の『きょうこ』を車から降ろしました。 ※真理の思い。  響子お嬢様がお昼休みにお友達の笹森今日子さんを、お家に連れてくると突然のお電話を下さった時、大層驚きました。  当日お誘いして、当日いらっしゃる等、常識のあるお嬢様のする事ではありません。  大抵のお嬢様は一旦お家の方にご報告して、お休みの日にごゆっくりといらっしゃるものでございます。  響子お嬢様には、お昼のお電話の時に、笹森さんがいらっしゃっている間は理子さんとはお遊びになれませんよ。とお伝えいたしました。  少しでも疑われるようなことは避けたいのです。  笹森今日子さんをお迎えに玄関に出て大層驚きました。  容姿の事を申し上げるのは大変失礼だと言う事は分かっておりますけれど、ここまでのご容姿のお嬢様は真理は見たことがありませんでしたので。  頬骨が飛び出たごつごつしたお顔。細い眼。団子鼻。そして、女の子なのに随分とずんぐりとしたお身体。黒くて硬そうな髪。  そして、このにおいは油?揚げ物のにおいかしら?  とても私の響子お嬢様と同じ制服を着ているとは思えないような印象でございました。 「おかえりなさいませ。」 「ただいま。真理さん。こちら笹森今日子さんよ。編入生では一番の成績で、中等部への試験でも在校生を含めて、私の次にテストがお出来になったのよ。  今日は、少し真理さんにもご相談があってお連れしましたの。  笹森さん、こちら、私の母方のおばさまの鈴森 真理さんですの。私が小さいときからずっとそばにいて面倒を見てくださっているの。」 「初めまして。笹森様。鈴森真理でございます。」 「初めまして。鈴森さん。笹森今日子です。」 『まぁ、お言葉も・・・丁寧なごあいさつがきちんとお出来にならないのね。』 「さぁ、今日はお手伝い達は奥におりますので、私だけのお迎えですけれど、どうぞ、お入りになってくださいね。」 『えぇ?お手伝いさん。まぁ、驚いたわ。本当のお金持ちなのね。』 「ありがとうございます。おじゃまします。」 「真理さん、お茶は誰かにお願いして、私のお部屋に来てくださいね。」 「はい。すぐにでも。」  真理は、あの笹森今日子に、何とは言えぬ嫌な感じを抱いたもので、響子お嬢様とお二人でいさせることはしたくありませんでした。  メイド長にお茶とお菓子をお願いして急いで響子お嬢様のお部屋に参りました。  理子ちゃんは真理につけていただいている、一番ベテランのお手伝いさんがみてくださっているので大丈夫です。 ※響子の部屋で 「失礼いたします。」 「あぁ、真理さん。しばらく笹森さんのお相手をお願いしていいかしら。私着替えてまいりますわ。」  そう言うと、響子は、今日子にことわって、ベッドルームに行くと、ごくシンプルだけれど、みただけで上質なものだとわかる襟なしの白い綿のシャツと、こちらもさらっとした紺色の綿のワイドパンツに着替えて戻ってきたのでした。  その間に真理は笹森今日子にいくつか質問をしていました。  今日子はこの、真理という人物が自分にあまり良い印象を持っていないことに気づき、この機会にできるだけ良い印象を持ってもらおうと決めました。  素朴な町娘を演じ切るのです。 「編入と言う事ですけれど、お家はどちらにございますの?」 「隣町の商店街にあるお弁当屋です。」 「随分と成績がよろしいとお聞きしましたわ。今後も『大和学園』でご進学のご予定ですの?」 「はい。中東部の間は親に無理を言って来させてもらっています。高校からは返済不要の奨学金を貰って、できればこのまま『大和学園』で進学したいと思っています。」  そこまで話した時に、着替えた響子が戻ってきました。 「あら、真理さんたら、そんなこと、これからお話しますのに。  今日はね、笹森さんが入る部活動についてご相談がしたかったのよ。  笹森さんは、御実家のお手伝いをなさりながら学校に来ていらっしゃるんですって。それなので、なるべく活動時間の少ない文化部に入りたいそうなの。  華道部はどうかと、お誘いしたのですけれど、お着物をお持ちでないのですって。それでね、私、良いことを考えたのよ。  私のお着物で着ていない物で、笹森さんに合いそうなお着物を差し上げたらどうかしらって。」 「え?西園寺さん、それはこまるわ。そんな高価なもの、受け取れません。」 「響子お嬢様。それに笹森様。大変失礼ではございますけれど、お着物にも身幅というものがございましてね。お着物は大抵の方に合うように作られてはいるのですけれど、響子お嬢様の場合は身長がお高くて、一般の方よりも身幅が狭いもので、ちょっと普通のサイズとは違うお着物なのですの。  今はまだ小学校の時に作られたお着物を着ていらっしゃいますので。  響子お嬢様が大人になってからの物でしたら身幅は会うと思いますけれどね。  今あるお着物を笹森様に差し上げるには少々丈が長くて身幅が足りないかと。えぇ。普通のお着物でしたらお役に立てたかもしれないのですけれどね。」 「あ・・あら、ごめんなさいね。笹森さん。私、知らなくって。真理さんったら。失礼よ。」 「いいのよ。西園寺さん。そもそもそんなお高いものはいただけません。そうですよね。鈴森さん。私の体型では西園寺さんのお着物なんて恐れ多くて着れない上に、最初からサイズが合わないのでは。ね。  私、そうねぇ。読書部に入ろうと思います。活動時間は一応決まってはいても、テキストの本を持ち帰って読んでも問題はないみたいですし、皆でその本についての話をする金曜日だけは時間の拘束が長いけれど、あとは決められた本さえ読んでいれば大丈夫みたいですもの。家でお手伝いの後に読むことにします。」 「そうねぇ。読書部は感想を話し合う時には部活動の活動時間ギリギリまでやっていますけれど、他の曜日は案外自由みたいですものね。  でも、お手伝いもして、読書も沢山するのでは、お勉強もあるのに、大変ではなくて?」 「大丈夫よ。本を読むのは好きなの。それに『大和学園』の蔵書は素晴らしいものがあるので有名なのですもの。私、他の本だって沢山読みたいのよ。」 「まぁ、笹森さん、素晴らしいですわ。きちんとご自身で決められるのですね。お着物の事はちょっと私、むきになって言い過ぎましたわ。ごめんなさいね。だって、その気になってからお断りするのはもっと申し訳ないと思ったものですから。」  真理はきまり悪そうに、笹森今日子に向かって言った。 「いいんです。鈴森さん。はっきり言っていただいて、私もどの部活動にしようかはっきり気持が決まりましたから。」  真理は容姿で笹森今日子の事を少々差別してしまった自分の事を恥じました。  容姿はまるで違ったとしても響子と同じ中学一年生なのです。それも編入してまで『大和学園』に入りたかったという事は、小学校で何かあったのだろう。と、大人の真理は察したのでした。  最初に抱いていた笹森今日子への疑いはいつのまにか拭い去られていました。  それどころか、素直な中学生なのだと行為さえ持ち始めてしまったのです。    真理のその様子を見て、今日子は鈴森真理と言う、響子が信頼を置いている人物の信用も、簡単に勝ち取ることができた。と思いました。 『やはり良い所のお育ちの方は簡単に騙せるものだわ。』  この真理という人物に邪魔をさせなければ、学校で響子と親しくすることは簡単だろうと今日子は思いました。 「あぁ、よかった。部活動が決まらないと、生徒会の活動にも身が入りませんものね。これで心置きなく、生徒会のお仕事もできるわね。」  と、響子がにこやかに言いました。 『さぁ、後は笹森さんの朝のお手伝いの後の髪の匂いよね。これだけ油のにおいがしていたら、遅かれ早かれ、また山本さんのグループや男子に、からかわれてしまうもの。  どう言ったって失礼になってしまいそうだけれど、いっそのことすっぱりと言ってみようかしら。  真理さんもいるから、何か助け舟を出してくれるかもしれないわ。』 「あのね、笹森さん。私少しだけ気になっているのだけれど、今日のあなたのお話を聞いて納得はできるの。」 「え?何かしら?」 「あの、気を悪くしないでね。朝お手伝いをしてくると仰ったでしょう?きっとその時に油のにおいが髪についてしまうのだと思うの。制服はきっと上手にしまってあるのよね。他からはにおわないのですけれど、髪の毛だけにおいが残ってしまっているの。」  今日子は愕然としました。  そして、真っ赤になりました。  あぁ、あんなに気を付けていたのに、まさか、髪に油のにおいが移っていただなんて。 「あのね、私、笹森さんが山本さんや他の男子にからかわれるのは嫌なのよ。だから、思い切って、そのことをお伝えするためにうちにお呼びしたの。」 「まぁ、響子お嬢様。それでしたら、真理がもっと傷つかないようにお伝えしましたのに。」 『あぁ、鈴森さんもそう言っているという事は、私の髪、相当におうのだわ。西園寺さんはそれを言いふらすような人ではないけれど、クラスでももう、噂になっているかもしれない。』  真っ赤になって下を向いて黙ってしまった今日子を見て、 『あぁ、もっと良い言い方はなかったのかしら。』  と、響子は思いました。けれど、どういっても同じだと思ったからこそ、はっきりと言ってみたのです。そこで、一つ考えていたことを提案してみました。 「あのね、お手伝いの後、髪を最初はぬるま湯で濡らしてブラッシングするの。その後、リンスを溶かした水で濡らして、梳かしたらどうかしら。リンスをごくごく薄く薄めてあれば流さなくても大丈夫よ。お手伝いの後もそれくらいの時間はもらえそうではないかしら。少し濡れていれば三つ編みもしやすくなってよ。」 「うち、リンスインシャンプーなの。」  今日子は下を向いたまま言いいました。  響子はリンスインシャンプーがよくわかりませんでしたので、キョトンとした顔で、今日子のことを見ていました。  今度は、真理がはっきりと提案しました。  真理は一応リンスインシャンプーが何なのかを知っていましたので。 「響子お嬢様。響子お嬢様の使っているリンスを差し上げたらいかがかしら。友情の証に。お家の人には西園寺の母親から、笹森さんのお母様にお話しておくわ。」 「まぁ、真理さん。素敵だわ。そうしたら、学校に来たときには、笹森さんと私の髪は同じ香りね。」 「え・・え。だって、きっとリンスだって、ものすごく高価でしょう?そんな、いただけないわよ。」 「大丈夫ですよ。笹森さん。西園寺の母親は私の従姉妹なんです。とても上手にお話してくださるから、あなたのお母様からあなたが叱られることはないわ。それにリンス一本のボトルは結構大きいから、流さなくて良い位薄めるのだったら一学期は楽にもつはずよ。」 「そうしましょうよ。ね。私、お手伝いさんに言って貰ってきますわね。」  そういって、響子は嬉しそうに部屋を出て行きました。  鈴森真理と二人きりで部屋に残された今日子は、なんとなく気まずい感じになりましたが、お礼を言いました。 「鈴森さん、素敵な提案をありがとうございます。二学期からは自分で買えるように頑張りますから。」 「あら、リンス位よろしいのでは?その代わり、響子お嬢様と、学校でも仲よくしてくださいね。小学校の時のお友達とはクラスが離れてしまったようですの。リンスが終わってしまったら、また遊びにおいでなさい。  もちろんお時間があればリンスなど関係なくいつでもおいでなさいな。  お友達なのですから手土産などの気遣いはいりませんよ。」  真理は笹森今日子の身の上を少々気の毒に思っていました。  その上、この容姿です。  きっと響子位しか友達はできないと考えたのでした。    それに、響子を、これまでの小学校の友達とは少し離しておきたい気持ちもありました。  きっと小さい頃からのお友達は、何かしら、響子の変化に気づいてしまいそうな気がしたのです。  小学生で妊娠、出産と言う重荷を背負った響子には、少し身分違いのこの、笹森さんが近くにいた方が、あまり他のクラスメイトも近づかないか、笹森さんの容姿や成績に興味がいき、響子の変化には気付かないのではないかしら。と思ったのでした。    
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