中等部の生活

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中等部の生活

 今日子が響子に貰ったリンスで髪をとかして教室に入っていくと、山本さんがまずは今日子を振り返りました。 「あら、西園寺さんかと思ったら、笹森さん。おはようございます。」  少々驚いたような顔をして、いつも無視をしている今日子に思わず挨拶をしました。  今日子が席についてその日の準備をしていると、山本さんのグループの人たちが何やらコソコソと話していましたが、今日子は気にしないことにしました。  そのうち、西園寺響子が来ました。 「おはようございます。」  そう言って教室に入ってきますと、今日子に向かって 「おはようございます。笹森さん。」  と挨拶をしてくれました。 「おはようございます。西園寺さん。昨日は本当にありがとうございました。今日は、私の髪、どうでしょうか?」  と、小さな声で聞いてみました。  響子も小さい声になって 「えぇ。今朝はリンスの良い匂いがしてよ。私の髪と同じ匂いね。おそろいだわね。」  と、言ってくれましたので今日子も自然に笑みが出て二人で顔を合わせて『フフッ』と笑いあいました。  その日は部活動を決める最終日だったので、今日子は担任に読書部の入部届を出しました。 「ほう。読書部か。隣のクラスの編入生も読書部だからきっと話が合うかもしれないな。」  担任はそう言いました。 「隣のクラスの。」 ・・・『誰かしら。そういえば、クラスに一人ずつ位は編入生がいるって聞いたわ。』  今年の中等部は全部で4クラス。そのうち3クラスに一人ずつ編入生がいると聞いた覚えがありました。 『マキちゃんは絶対に違う。あの子は公立の中学校に行ったもの。私の言っていた小学校からは誰も来ないのは確認した。そうでなければ転校した意味がないもの。』  今日子は少し嫌な気持ちがしたが、翌週から始まる読書部の活動まで誰が一緒なのかは気にしないことにしました。  まずは来週月曜日の生徒会に参加しなければいけません。  中等部の間はクラス替えはなく、総代、副総代は1年ごとに変わります。  毎週月曜日には生徒会の活動に参加しなければいけませんが、生徒会自体は大きなイベントがなければ拘束時間は1時間半ほどと言う事なので、実家のお手伝いにそれほど支障はきたさないはずです。  今日子の気がかりは西園寺響子と一緒に生徒会に出なければいけない事でした。  絶対に、比べられて、皆にじろじろ見られるに決まっています。  仕方がありません。顔は変えようがないのですから。それに小さい頃からのこの体型も努力したとしてもすぐには変わらないでしょうから。  笹森家では、今日子は土日は昼間は懸命にお手伝いをして、日曜日はいつもより少し早じまいなので、その週の授業について行かれているか、復習をして、それから少し多めに予習をします。  そうして、初めての生徒会がある月曜日がやってきました。  授業は問題なく終わり、二人の「きょうこ」は1年1組の代表として生徒会室に行きました。  中学校の1年生と3年生は何となく雰囲気も違います。  緊張しながら下を向いて生徒会室に入る笹森今日子とは違い、常にしゃんとして前を向いて歩く西園寺響子が先に生徒会室に入りました。 「1年1組の西園寺さんと笹森さんですね。席はそちらですよ。」  副会長と机に貼ってある席に座る女子生徒が席を教えてくれました。  二人は並んで座りましたが、正面の席になっている2年生が、皆、下を向いて肩を震わせています。  左にある3年生の様子は分かりませんが、ざわめきを感じると、今日子は 『あぁ、やはり、私が醜すぎるので笑われているんだわ。だって、お隣が西園寺さんなんですものね。』  と、思い、いたたまれない気持になりました。  生徒会長は竜崎 隼人という男子でした。全員が席に着いたのを見ると 「では、第一回の生徒会を始めます。まず、最初に笑っていた人たち、何がおかしかったのか端から言ってくれるかな?」  少々棘のある声で、二年生の端の生徒を指さして言いました。 「いえ、あの、特には・・・・」 「そうですか。では、無意味に笑ったりしないように。いろいろな誤解を招くからね。」  生徒会室はしんとしました。 「今日は、特にまだイベントもないので、自己紹介をして今後一年間の予定をざっと確認して終わりにします。では、3年1組から自己紹介を。」  そして、3年1組から4組。2年1組から4組。1年1組から4組の順で自己紹介をしました。 「1年1組、総代の西園寺響子です。先輩方を見習ってよい生徒会活動ができますように頑張ります。どうぞよろしくお願いいたします。」 「1年1組、副総代の笹森今日子です。編入生ですのでわからない事が多いですが、早くお仕事を覚えたいと思いますのでどうぞよろしくお願いします。」  全員の自己紹介が終ると、その日は解散になりました。  生徒会室を出た所で、二年生が小さな声で肩を震わせながら歩いていました。 「見たか?西園寺財閥の令嬢とあのコブタちゃん。おなじ『きょうこ』でも随分な違いだよな。編入生の条件の所に「容姿」とかなかったのかね。『大和学園』始まって以来のご面相だよ。」 「よくもまぁ、お隣で座れることよね。私程度でもちょっと西園寺さんのお隣は気後れするのに。」  それをきいた響子は、2年生をさっさと抜かしながら 「嫌ですわね。笹森さん。陰で人のことをとやかく言える方々が生徒会の先輩だなんて。がっかり致しましたわ。」  と、少々大きな声で今日子に向かって話しかけながら通り過ぎました。  自分たちの話を聞かれていたと知った二年生の生徒会役員は、さすがに恥ずかしそうに顔を赤らめ黙ってしまいました。 「ありがとう。西園寺さん。でもいいの。本当の事だもの。」 「笹森さん。人は容姿ではありませんわ。」  今日子は、その一言に、ますます嫉妬の炎が燃え上がりました。 『その美しい容姿のあなたにそんなことを言われる私のみじめさが、この人にはきっとわからないのだわ。』  翌日の火曜日には読書部での初顔合わせがありました。  同じく編入生で入った読書部の生徒は『牧 正臣』といいました。  正臣くん・・・どこかで聞いたことがあるわ。  今日子はよく考えますと、幼稚園の時にいつも正義の行いをしてくれた正臣君が思い当たりました。  第一回の読書部が終ったあと、正臣君の方から今日子に声をかけてきました。 「笹森さんだよね。幼稚園で一緒だった。」 「えぇ。正臣くんよね。苗字までは幼稚園の時には知らなかったわ。」 「小学校が別だったしね。編入生同士これからもどうぞよろしくね。」  正臣君は幼稚園の時と変わらず、今日子に面と向かっても以前の通り爽やかで優しくしてくれました。  今日子の読書部の活動はとても楽しいものになりました。  ただ、その他の男子の態度といえば今日子の事は見て見ぬふりを通しました。中等部の生活は一事が万事この感じでした。  響子の機転のおかげで臭いは問題になることなく、容姿以外のからかいはなかったのですが、容姿を変えることができない今日子ができるのは、せめて体型をすこしでもスリムなものにする事でした。正臣君の出現もその一因でした。  家の食事も控えめにして、姉の様に野菜を多めにとって、勉強の合間にはジョギングをしたりして、ダイエットに励みました。    そのおかげで中等部を終える頃には、随分とすっきりした体型になり、冬服のサイズを詰めなおさなければいけない程でした。  そうすると顔にも少々変化が出てきました。  頬骨は削れませんけれど、余計な肉が落ち、少しほっそりとした顔立ちになり、団子鼻も少しすっきりとしました。  肉に埋まっていた小さな目も、大分大きく見えるようになりました。  そうすると、バランスが悪くぽってりとしていた唇も気持ちが悪いという印象から、可愛らしい女子の顔立ちにあう唇にみえるのは不思議でした。  笹森今日子は、骨格はどうしようもありませんけれど、それなりに見られる顔立ちになったのでした。  髪の毛は毎朝のリンスのおかげでしっとりとして、三つ編みはいつも艶々として良い香りがしているので、男子など、高身長の上、高嶺の花の西園寺財閥のご令嬢よりも、身近で小柄な笹森今日子の方に興味を示すようにもなってきました。  西園寺響子と、笹森今日子は結局3年間生徒会をつとめ、最終年度には生徒会長と副会長になりました。  高校進学も、内申点が高く、勉強の方の成績もよかったので、笹森今日子は予定通り、返済不要の奨学金を貰って、高校に進学することができたのでした。  その間も、ずっと西園寺響子のそばには常に笹森今日子がいて、周囲からはレズなのではないかとのうわさが出るほどでした。  それに、笹森今日子には少々悩みが出てきていました。  西園寺響子が、少々強引に今日子の事を家に誘ったり、上から物を言うようになってきたのです。  西園寺響子にはそんなつもりはないのでしょうけれど、 「お家のお手伝いを少し位休んでも、私のお母様が電話をすれば大丈夫よ。」  とか、 「たまには牧君のお話はやめて、うちで理子ちゃんと遊びましょうよ。」  とか、笹森今日子が高校への編入が決まってからは特に、少々我儘な要望をしてくるようになったのです。  元々お嬢様なので、自分の要望が通らないとは思っていない様子なのを今日子は少々苦々しい気持ちで受け止めました。  元々西園寺響子の美貌や家庭の豊かさへの嫉妬は消えませんでした。  ただ、この中学3年間の最後の方の出来事もあって、結局のところ、笹森今日子は常にすべてが完璧な西園寺響子への嫉妬の炎を消すことができなかったのでした。        
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