本当の敵

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 そしてもう一つ、気になっていたことを尋ねる。 「里穂さんがやってきたことを、警察に訴えることはできないんですか?」  相手を呪うほどの思いが、それで浄化できるとは思わない。だが、里穂に何のお咎めもなしというのも後味が悪い。 「難しいな。不可能ではないだろうが、時間も金も人手もかかる。しかも、確実とは言えない」 「ですよね……」  早川も、いろいろと模索しただろう。それでどうしようもなかったから、呪いという手段に出たのだ。  とここまで考え、ハッとした。  早川は、呪いを依頼した人物を覚えていなかった。しかし、その人物のことをどのようにして知ったのだろう? 「早川さんが呪いを依頼した人って、誰だったんでしょうね。それに、その人をどうやって探したんだろう……」  何ともなしに呟く。  答えが得られるとは思っていなかったのだが、思いがけず返事が返ってきて驚く。 「それについては、目星がついている」 「へっ!?」  颯は、おもむろに添えられていたマカロンを口に入れ、咀嚼する。 「瀧野瀬さんっ!」  颯は茉白を見て、不敵な笑みを浮かべた。 「そのうち表舞台に引っ張り出してやる。……そいつは、呪詛師(じゅそし)だ。しかも、かなりの実力者。普通、錠付きの呪いをかけられる呪詛師への依頼には、莫大な金がかかる。だが、奴は金に執着していない。気まぐれにタダ同然で依頼を受け、人を呪う。……とんだサイコパス野郎だ」 「っ……」  寒気がした。そんな恐ろしい人間がいるのかと思うと、ゾッとせずにいられない。 「そんな人のことを、忘れてしまうものでしょうか」  自分が依頼したにもかかわらず、顔や名前を覚えていないことなどあり得るのか。 「心に乱れのある人間を操るのは容易い。記憶にも干渉できる」  その言葉に愕然とした。  ということは、早川はその人物によって記憶を操られたことになる。 「その人の……名前は?」  これは、ぜひとも聞いておかねばならないだろう。どこで遭遇するやらわからない。その時に颯が側にいればいいが、そうとは限らないのだ。  颯は表情を凍てつかせ、忌々しげにその名を告げた。 「吉祥(きっしょう)天音(あまね)。もっとも厄介な「敵」だ」  吉祥天音。  茉白は、その名をしっかりと脳内に刻み込む。 「茉白」  顔を上げると、颯が真剣な眼差しを向けていた。  その強い視線に息を呑む。 「お前は、俺専用の解呪師だ。俺だけに尽くせ」  ドクン、と茉白の心臓が大きく跳ねる。  聞きようによっては、独裁的な俺様発言。しかし、茉白の耳にはそう聞こえなかった。  きっとこれは、颯なりの「相棒宣言」──。 「にゃにゃっ! んみゃーん、にゃんっ!」(早く返事をしなさい! そして、私にも尽くすのよ、下僕!)  ネロの言葉にムッとしながらも、茉白は颯を真っ直ぐに見据え、こう答えた。 「当然です。……私は、ここの社員ですから」  茉白の返事に、颯はニヤリと笑った。ネロも機嫌よく尻尾を振っている。 「颯様、茉白様、ネロ様、もう一杯いかがですか?」  絶妙なタイミングで森章が声をかけてくる。  そんな森章に、二人と一匹は声を揃えて言った。 「貰おう」 「いただきます!」 「にゃにゃにゃんっ!」(ぜひいただくわ!) 「かしこまりました」  森章が微笑みながら、皆に紅茶を注いでいく。  颯は再びその香りを堪能し、ネロはスコーンを頬張る。茉白はピンクのマカロンを手にし、口に入れた。  サックリとした食感と、ほんのりとした優しい甘さが気持ちを和らげてくれる。  前の会社をクビ同然で退職し、すぐに次が決まったのはよかったが、とんでもない業務内容。その分給料は破格だが、危険が伴う。  それでも、天才祓呪師・瀧野瀬颯を補佐できるのは、茉白だけなのだ。 「やりがいは十分。不足はないわ」  誰にも聞こえないほど小さな声で、茉白はそう呟く。  しかし、別方向を向いていた颯の口角は、緩やかに上がっていた。  了
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