番外編:諸々の謎

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「じゃあ、全く関係ない質問! 私、まだ会っていない社員さんがいるんですよね? その方は、いつこちらにいらっしゃるんでしょう?」  株式会社ブラストには、もう一人社員がいる。しかし、茉白はまだ会ったことがない。  毎日出社しているし、茉白がここへ来てからそろそろ一ヶ月は経とうというのに、こんなことはありえるのか。長期の出張、もしくは勤務地が違うのだろうか。  すると、森章はきょとんとした顔で僅かに首を傾げた。 「颯様からお聞きになられては?」 「いません」 「そうでしたか」  森章はやれやれといったように苦笑すると、手で床を示した。 「え?」 「三階は、資料室となっております。彼はそこで勤務しているのです」 「そうだったんですかっ!?」  驚きである。三階も会社の施設であったことも初耳だし、もう一人の社員がそこにいるなど……。 「事務所に席はないんですか?」 「はい。資料室専任ですし、彼はその……大層変わり者でして。滅多なことで表には出てこないのです。今後も、颯様からのご指示がない限り、会う機会はないかと……」  申し訳なさそうに眉を下げる森章に、茉白はポカンと口を開ける。  颯の指示がない限り会う機会がない? どういうことだ、それは。 「私、挨拶しなくても大丈夫ですか?」 「はい。全く問題ございません」  心なしか、「全く」を強調されたような気がする。森章がここまで言うのだから、その人物と会うのはまだまだ先になりそうだ。 「それじゃあ……あと一つ!」 「はい、何でございましょう?」 「森章さんって、何時から何時まで働いてるんですか?」 「私の業務は少し特殊ですので、9時から17時というように時間が決まっているわけではないのです」 「え? でもそれじゃ、働きすぎじゃないですか?」  というのも、森章はいつも事務所にいるイメージなのだ。  茉白が少し早めに出社してもすでにいるし、帰りだっていつも見送られる。これまでずっとだ。自宅がどこかは知らないが、明らかに働きすぎだ。 「近くに住んでいるとしても、大変じゃないですか?」 「いえ、全く」 「森章さん、どこに住んでるんですか?」 「ここです」 「へ?」  思いもよらない答えが返ってきて、呆気に取られる。  いや、えっと……ここ!? 「茉白様もこちらに来られてひと月ほど。そろそろお話しても良いでしょう」  森章はそう言って、重厚な本棚まで歩いて行く。そして何らかの操作をすると、ギギッという音とともに本棚が動き始めた。 「う、動いた!」 「はい」  本棚の後ろにドアが出現し、茉白は吃驚仰天する。まさかこんな仕掛けがあるなど思わない。 「もももも、もしかして、このドアの奥が森章さんのお家なんですか?」 「正確には、颯様のご自宅となります。私は颯様に仕える身として、この中の一部屋をいただいているのです」 「ひょえぇ……」  あまりの驚きで、おかしな声が出てしまう。  このビルは、お世辞にも綺麗とは言えない。にもかかわらず、中は最新設備が揃っている。外見の古さは、ただの見せかけなのだろう。 「森章さん……」 「はい」 「もしかしてこのビルって……瀧野瀬さんが所有されてる、とか?」  でないと、こんな仕掛けは作れない。  その予想を裏切らず、森章はにっこりと微笑んだ。 「もちろんでございます」  ひ、ひええええええ~~~っ。  良いところのお坊ちゃんなのだろうと思っていたが、想像以上だった。しかし、次の森章の言葉で更に驚くこととなる。 「瀧野瀬家の支援は受けておらず、ここは颯様ご自身で購入され、このビルを丸ごとリノベーションされました。颯様は、かなりの資産家なのですよ。祓呪師として、立派に大成しておられるのです」 「は、はぁ……」  事務所と同じ場所に自宅があるなら、誰よりも早い時間に出勤し、遅い時間に退勤しても、さほど大変ではないかもしれない。  いやそれでも、プライベートでも執事をするなら休みなどないではないか。  そう指摘すると、森章はまたもやにっこりと微笑み、軽く一礼した。 「私は、執事が天職ですので。颯様、茉白様にお仕えできることが、この上ない喜びなのです」 「そ、そうなんですねー……」  驚きすぎて、もう何が何だかわからない。  諸々の謎は解けたが、すっきりした気がしない。むしろ、謎が増えた気すらする。 「茉白様、もう一杯お淹れしましょうか?」 「はい、ぜひに」  ここは、森章の淹れる美味しいお茶で一息つきたい。  茉白は少しよろめきながら、休憩スペースまで戻る。  椅子が引かれそこに腰かけると、スッと淹れ立てのお茶が出てきた。見上げると、変わらない森章の微笑み。 「ありがとうございます」 「ごゆっくりどうぞ」  茉白は密かに思う。  この状況に慣れてはいけない。こんなものに慣れてしまうと、どんなもてなしも満足できなくなってしまう……!  そうは思えど、これからもこんなVIP待遇は続いていくのだろう。だって、これが「森章の仕事」なのだから。 「くぅ~~~っ、美味しいっ」 「恐れ入ります」  にこやかな森章の笑みに、ホッとする。  慣れたくなくても慣れてしまう。  お前はどこのお嬢様だよ!  と内心でつっこみを入れつつも、贅沢なこの時間を手放すことなどもうできない。茉白はしみじみとそう感じるのだった。  了
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