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入社(捕獲ともいう)
いきなりフルネーム呼び捨て!?
という声は、表には出さない。そんなつっこみができる雰囲気でもなかった。
茉白が硬直している間に、颯の話は勝手に進んでいく。
「単刀直入に言う。鬼頭茉白、お前をうちで採用する。俺を手伝え」
単刀直入すぎるだろう! それに、この命令口調はなんだ? 確かに会社をほぼほぼクビになった身だけれど、命令される筋合いは……
「颯様、それでは省略しすぎでございます。それに、私たちは鬼頭様にお手伝いをお願いする立場、礼を尽くすのが道理でございましょう」
口調はあくまで柔らかいが、強引すぎる颯を窘めるのは森章、有能な秘書である。
まったくそのとおりだとばかりに、茉白はコクコクと何度も頷いて森章に同意する。森章は茉白の方を向き、軽く頭を下げた。
「チッ、面倒だな」
なんだ、このイケメン! ちょっとばかり顔がいいからって、そんでもってお金持ってるからって(たぶん)、偉そうにすんなーっ!
と心の中で叫びながら、茉白は無表情を貫く。いや、もしかしたらちょっとは顔に出ているかもしれない。
颯は溜息を一つ落とし、渋々ながら説明を始めた。俺様気質なようだが、人の言うことをまったく聞かないわけではないらしい。
「うちの仕事はただ一つ、呪いを祓うことだ」
「……は?」
呪い? 目の前は男は今、呪いと言ったのか? そして、それを祓う?
「あの、除霊とか?」
「違う! 呪いだ。の・ろ・い!」
「はぁ……」
呪いというと、丑三つ時に藁人形を五寸釘で打つというアレだろうか?
いまいちピンと来ていない茉白を見て、颯がもう一度言った。
「俺の手伝いをしろ」
「いや、私は呪いを祓うなんてできないです!」
「給料は……そうだな、前の仕事の倍は払ってやる」
「ホントですか!?」
「お前、チョロイな」
「うっ……」
だって仕方ないではないか。前の給料の倍なんて言われたら、即座に反応してしまうのはきっと茉白だけではない。
別に生活に困っているわけではないが、実家を離れて一人暮らししている身として、給料アップはとてもありがたい。家賃に公共料金、通信料、食費、そういったもので給料の半分以上は消えるのだ。自分の趣味や遊びにあてられる金額など雀の涙ほどなのだから。
「よし、それじゃ決まりだな」
「いやいや、ちょっと待ってくださいっ!」
さすがにここは流されるわけにはいかなかった。説明も何もあったものではない。手伝えと言うが、彼はいったい茉白に何をさせようというのか。
「先ほども言いましたが、私に呪いなんて祓えません」
「そんなことはわかっている」
「それでは、私は何をすればいいんでしょう? 手伝いというのは事務仕事ですか? あ! 経理? 前職を活かして経理処理を私に……」
「それは森章がやっている」
森章の方を見ると、にっこりと微笑まれた。茉白はすん、となって颯を見る。
「それじゃ、手伝いってなんですか」
もう愛想もへったくれもない。顔も声も不機嫌丸出しで尋ねたが、颯はまったく意に介していない。それどころか、再びニヤリと笑う。嫌な予感がしたが防御が間に合わず、茉白は見事に不意打ちを食らってしまった。
「お前、鎖が見えるだろう?」
「!」
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