受診者

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 親の跡を継ぎ、地元でクリニック経営をしているのだが、たまに、 普段うちをかかりつけとしていない患者が健康診断目的で来院することがある。  国が発光している無料の健康診断受診券。それを持って地元にいくつもある指定医院の一つに行けば、最低限の簡易検査が受けられるという物だ。  月に何人かはこういう患者が来るので、別に珍しいことではないが、今日の患者は特殊な部類だった。  問診表には、熱は三十六度五分と書かれているが、少し触れただけで体が異常に冷たいことが判る。他にも、どう診察しても普通この状態はあり得ない、ということだらけだ。  結論から言うと、この患者は死んでいる。少なくとも、肉体の機能は完全に死亡状態だ。  それでも目の前の相手は、当たり前のように動くし話すし、そもそも自分の体の異変になどまるで気づいていない様子だ。  …たまにいるんだよ。飛び込みの検診希望者の中にこういう患者が。  医者として、どうしてこんな状態で動けるのかを徹底的に調べたい欲求もあるけれど、それ以上に、深く関わらない方がいいという感情の方が強いので、こういう受診者は、さも普通に検診を受けたと思い込ませ、何の異常もないデータを作り上げてお引き取り願うことにしている。だって、自分が死んでいると自覚させたら、その後どうなるのか判らないからな。  穏便に済ませられるなら嘘も方便だよ。 受診者…完
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