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藪から棒にテレビへの出演を頼まれる。
大学の学食で明日が提出締切の課題に取り組んでいると、スマホが震えた。恭子から着信している。もしもし、と応じると、葵ぃ、と弱弱しい声が受話器から響いた。
「二日酔いか?」
「インフルエンザに罹った……」
「……今、七月だぞ」
季節外れにも程がある。ありゃ冬に流行るものだろうが。
「お願いが、あるの」
息も絶え絶えって感じだな。何だ、と居住まいを正す。我が親友にして私が恋をした恭子の頼みだ。去年、はっきりフラれたけどまあそれは置いておくとして。うつされるのは嫌だから看病はしないが、それ以外なら何でも聞こうじゃないか。
「私、三日後、テレビに出るの」
「は?」
藪から棒にどういうこっちゃ。
「サークルの、みっちゃんと、えりと、さっちんと、四人で、バンドを、組んでね。地元の、テレビの、素人音楽、番組の、出演に、応募したら、通ったの」
「その収録が三日後だから、お前の代わりに私が出ろと」
「話が、早いわね」
「だったら断られるのも織り込み済みだろ? パス。目立つのは嫌い」
容赦なくぶった切る。ただでさえ注目されるのは嫌いなのにテレビなんか出られるか。緊張で演奏どころじゃなくなるぞ。
「そもそも私、ピアノをちょっと習っていただけで楽器なんてからっきしだぞ。ん? 恭子ってギターとかベースとか出来たっけ」
「ボーカル、やらせて、貰った。だから、葵、お願い」
歌うのなら何とかなる。だが嫌なものは嫌だ。
「頼んだ、わよ。皆には、私から、連絡するから」
「おい、断るって言っているのが聞こえないのか」
「あと、よろしく」
「おいコラ恭子。待て。やるなんて一言も」
電話が切れた。あんにゃろ、具合が悪いのは本当だろうが電話はわざと切ったんじゃあるまいな。しかしテレビで歌えだぁ? なんぼ惚れた相手の頼みでも全然気乗りしない。苛々していると今度はみっちゃんから電話がかかって来た。あい、と応じる。
「葵先輩、お疲れ様です」
「お疲れ。テレビの件かい?」
「そうです。よろしくお願いしますっ」
溜息が漏れる。恭子め、人の意思をガン無視しやがって。まあいい、直接会って断るとしよう。
「みっちゃんよ。今、何処にいる?」
「部室にいます。えりとさっちんも一緒です」
「わかった。すぐに行くから待ってておくれ」
「わかりました」
電話を切り荷物を纏める。課題もまだ終わっていないってのに、やれやれ。
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