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「ビュウ様!」
後ろからイサの声がした。
「俺を刺したのはあいつです!」
その猫又の前足には、骨まで見えそうなほど深い切り傷が何個もあったのだ。
「ビュウ様、あいつを捕まえてください!」
「承知しました」
返事のために、一瞬振り返ったのがいけなかった。気づいたときには、人間は私の懐に入り込んでいた。
「お前も殺す」
人間が私に対して初めて口にした言葉だった。
私は最期を悟った。
この人間を逃がしてはならない。犠牲者は私で最後にしなくてはならない。
その一心で、私は可能な限りの最速で妖術を放つ。
「脱力の惑い」
私の妖術が人間に到達するより、人間の持つ刃物が私の胸を刺す方が早かった。
刃の根本まで差し込まれているのを確認したとたん、猛烈な痛みを感じて私はその場に倒れ込んだ。
「ビュウ様ぁぁぁぁああ‼︎」
ああ、イサの叫び声だ。
その後、バタッとそばで倒れたような音がした。人間だろう。私の妖術が効いたようだ。よかった。これで人間の体が動くことはない。
生暖かい液体が、地面と触れる頬にまで到達した。急激に意識が遠のいていくのを、本能でなんとか現世に食い止めようとしている。
「ビュウ、様、俺の妖力を使って……」
何か引きずる音が少しずつ近づいてくる。イサだろう。
「私はいいから……あなた自身を回復させるのに使いなさい。あと、この人間を然るべきところへ……」
ここまで言ったところで、私の記憶は途絶えている。私の千年の人生が閉じた瞬間だった。十の位までが端数になるほど、長く生きた。
最期は油断という呆気ない終わり方だった……のはずだった。
目が覚めると、真っ白な天井に、半透明の布が吊り下げられた部屋にいたのだ。
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