千夜一夜

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「さてと、いいぞ」 「やっと片付いたの」 「ほれ、座れ」  木蓮はクッションが置かれたソファに腰掛け、部屋の中を見まわした。 (ゴロゴロ30回は余裕で転れそうね)  1LDKの部屋に借りて来た猫状態の木蓮。その緊張を解こうと気を利かせた雅樹は冷蔵庫の扉を開け中腰で中身を確認した。 「おまえ、泊まってくんだろ」 「ーーーあ、あぁ」 「なら呑むか、なにが良い、ビールか缶チューハイ、ハイボール、梅酒」 「なに、あんた居酒屋でも開くの」  木蓮と雅樹、初めて口付けた夕暮れの公園でも同じ遣り取りがあった。 「なにしんみりしてるんだよ、なに呑む」 「缶チューハイ、無糖?」 「無糖、レモン」 「ならそれ頂戴」  受け取った缶の冷たさにのぼせ上った頭が醒めて来た。 (このままこいつと寝ても良いの?)  プルタブを開けると頬に雫が飛び散った。 (良いのよ、もう2度とないわ)  冷えた飲み口に唇を付けて一気に戸惑いと後悔を飲み干した。喉を通り越した炭酸が胃に落ちて染み渡りアルコールがふわりと香り立った。 「あんたは飲まないの」 「飲んだら勃たねぇかもしんないからな」 「なっ、なによそれ!」 「重要だろ」 「そ、そうだけど」  雅樹は風呂場とトイレを手際よく掃除して腰を叩いた。 「えらい丁寧ね」 「初めての夜だからな」 (ーーー最初で最後の間違いじゃないの)  雅樹は手を拭くとテーブルに置かれた長財布を手に取った。 「おまえ、俺が出掛けてる間にシャワー済ませとけ」 「なに何処か行くの」 「あれが要るだろう」 「あれ?」 「コンドームだよ、まさか知らねーとか言わないよな」 「コッツ、知ってるわよ!」  一気に現実味が押し寄せて来た。 「持ってないの?」 「俺、清く正しい生活ですから」 「睡蓮とは」 「手を繋いだ事もねぇよ」 「まさか」 「そのまさかだよ、睡蓮から2回だけキスされた」 「す、睡蓮が!睡蓮から!」  あの大人しい睡蓮が、木蓮は驚きを隠せなかった。 「睡蓮の話は無し、買ってくっから」 「あ、はい」 「ゆっくり行ってくるわ、鍵かけろよ」 「う、うん」  玄関の扉を施錠し、木蓮はトイレに向かった。
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