千夜一夜

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 木蓮は雅樹の寝顔を眺め衣服を身に付けた。音を立てずにドアノブを下ろし湿り気を含んだ白い朝を吸い込んだ。もう2度と開ける事のない810号室の扉を静かに閉め、エレベーターホールに向かった。もう少し、あと少し雅樹の傍に居たかった。 (ーーー終わった)  無情にもエレベーターは8階で停まっていた。開く扉、踏み入れる足が戸惑いを隠せなかった。振り向いたそこに雅樹が立っていて欲しいと向きを変えたがそこには暖かなオレンジ色の明かりが灯っているだけだった。1階のボタンを押すと扉は静かに閉まった。 (ーーー終わった、これで本当に終わった)  ポプラ並木の歩道を交差点に向かうと乗客を探したタクシーがスピードを落として近付いて来た。運転席に目を遣り左手を挙げると後部座席が静かに開いた。 「太陽が丘まで」  車窓に寄り掛かり人の気配が消えた街を眺めた。電信柱のごみ収集場にカラスが集まり通り過ぎる時速60kmのタクシーに驚いて舞い上がった。朝日がビルの谷間から差し込み、木蓮の頬に涙が伝った。
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