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その一夜について伊月は木蓮に問う事は無かった。ただ一言、木蓮は睡蓮の代わりではないと微笑みかけ、有言実行1ctの婚約指輪を木蓮の左の薬指に嵌めた。
「あんた、本当に私で良いの」
「ヤモリを背中に入れる事はありませんよ」
「じゃあ私も木工用ボンドは使わないわ」
睡蓮の結婚式を控えた大安吉日に木蓮と伊月の結納の儀が行われた。それを見届けた睡蓮は安堵のため息を漏らし、木蓮はその姿を見逃さなかった。
「この度は、木蓮さまと息子伊月に、素晴らしいご縁を頂戴いたしましてありがとうございます。本日はお日柄もよく、これより結納の儀を執り行わさせて頂きます」
木蓮は伊月の顔を見た。
(ーーー伊月が私の旦那さんになるの)
伊月の母親が前に進み出て結納品を木蓮の前に置いた。
(全然、実感が湧かないんですけれど!)
「そちらは私ども田上家からの結納でございます。幾久しくお納めください」
緊張の面持ちの木蓮は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。幾久しくお受けいたします」
ピンポーーン
結納の儀で着慣れぬ振袖に辟易していた木蓮が普段着に着替えた頃、玄関先で田上さんがひとつの宅配便を受け取った。
「木蓮さん、木蓮さん」
「なに、私に届いたの?」
「はい、差出人の名前が無いんですけど」
「げっ、伊月の彼女とかからじゃないの!?」
田上さんは眉間に皺を寄せて孫の身の潔白を証明しようと力説し始めた。
「嘘、嘘、冗談よ」
「木蓮さんが言うと嘘か本当か分からなくて困ります!」
「そうーーー?」
「本音が見えないというか、あぁ、もう!あっ!お鍋!お鍋!」
(ーーー本音が見えない、か)
さすが幼少期からの付き合い、田上さんの言う事は的を得ている。
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