八重咲の薔薇

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「おやすみなさい」 「あぁ、まだ冷えるから暖かくして寝るんだぞ」 「やめてよ、子どもじゃないんだから」  睡蓮はあと1日でこの自室で眠る事も無くなるのだと感慨深く手摺りに掴まり階段を上った。あと数段というところで途切れ途切れにオルゴールの音が聞こえて来た。それは父親が誕生日に買って来てくれたおもちゃの木製のオルゴール、小さな鍵が掛かる子ども心にも気分が弾む物だった。 (ーーーメリーさんの羊)  それは木蓮の部屋の中から聞こえて来た。 (木蓮は出掛けているのよね)  そっと扉を開けて見たがやはり部屋の中にその姿は無かった。暗がりに目を凝らして見ると廊下の明かりに照らされたドレッサーの上にが有った。悪いとは思ったが急に鳴り出したオルゴールの音に惹かれ睡蓮は四角い箱を持ち上げた。裏返すと錆びたツマミがゆっくりと回っていた。 (ーーー鍵は掛かっているわね)  興味本位だった。 (私のオルゴールの鍵でも開くのかしら)  睡蓮は自室のチェストの上に置いてあったオルゴールの蓋を開き、中から小さな鍵を取り出すと踵を返して木蓮の部屋に駆け込んだ。ゆっくりと曲を奏でるオルゴール、その鍵穴に鍵を差し込み右に回すとそれは。 カラカラカラ  何かが転がる音、蓋を開けた睡蓮の表情は凍り付いた。シーリングライトのスイッチを押すと光を弾く深紅のヴェネチアンガラスの指輪、見た事のない810号室と書かれた鍵、夫の名刺。 (どういう事!?)  睡蓮は見てはならない物を見てしまった。
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