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成田国際空港のロビーには和田家、叶家、そして木蓮の姿があった。
「いってらっしゃい」
「気を付けてね」
伊月は病院勤務の為、睡蓮と雅樹の新婚旅行の出立を見送る事は出来なかった。然し乍らそれで良かったのかもしれない。何故なら笑顔で送り出す筈の木蓮の表情は固く沈んだものだった。
(伊月、あんたは来なくて正解よ)
教会で参列者席から見上げた睡蓮のウェディングドレス姿、雅樹のタキシード姿に伊月と木蓮は言葉を失った。特に伊月は中学高等学校以来10年以上の間、睡蓮に思いを寄せていた。
(ーーー見ていられないわ)
それは木蓮が雅樹と出会い恋焦がれた半年そこそこの恋情とは比べものにならない。
「いって来ます!」
満面の笑顔の睡蓮はチェックインカウンターで手続きを済ませる雅樹に寄り添い、手荷物検査場、搭乗口に向かう間、木蓮に見せ付ける様にその肘に手を添えた。飛行場を見渡すデッキ、搭乗口から飛行機へ向かう通路内も二人は腕を組んで歩いていた。
(ーー雅樹、あんたは睡蓮を私と同じ様に抱くのね)
ジャンボジェット機の車輪は胴体に格納され青空へと飛び立った。
「雅樹さん、見て、見て!街がおもちゃ箱みたい!」
「あぁ、本当だ」
「飛行機って雲の上を飛ぶのね」
「睡蓮さんは」
「国外旅行は初めてなんですよね」
「はい!」
睡蓮は昨夜のオルゴールの箱の事は見なかった事にしようと心に決めた。あの指輪、いやそれ以上に気に掛かる810号室の鍵、知ってはならない知らない方が良いとそう思った。
(雅樹さんを信じるしかない)
「ーーーん、どうしました?」
「どうって」
「顔色が悪いですよ、酔い止めの薬を貰いましょうか?」
「いえ、大丈夫です」
突き抜ける青空、ダニエル・K・イノウエ国際空港に着陸したジャンボジェット機の機内通路、到着ロビーへと向かう連絡通路で雅樹は睡蓮の手を取り彼女の歩幅に合わせてゆっくりと歩いた。
(ーーーそうよこうやってゆっくり年を重ねれば)
年を重ねれば雅樹は自分を木蓮のように激しく愛してくれる様になるのだろうか、答えは分かっていた。当たり障りの無い会話、穏やかな笑顔、そこに本当の和田雅樹の姿は皆無だ。
「睡蓮さん、車が迎えに来ていますよ」
「はい」
(結局、私はさん呼びなのね)
空港ロビーでは南国の匂いが二人を歓迎したが睡蓮と雅樹を取り囲む雰囲気はそれに見合う物では無かった。車寄せには黒いロールス・ロイスの運転手が待機していた。宿泊先はラナイ島のフォーシーズンズ リゾート ラナイ。
「ーーー海!」
「エントランスから海が見えるのか、綺麗な海ですね」
「泳いでみたいわ」
「泳げるんですか?」
「泳いだ事はないの」
エントランスの向こうには椰子が真っ直ぐに青空へと背伸びし、水平線が白く烟る浅青の海が煌めいていた。
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