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第10話 私の居場所
石造りの建物に煉瓦の屋根。石畳の道が縦横無尽に伸びている。街の中心には小高い丘があり、そこに大きな城が建っていた。
その街を抜けた先には…
「あれはもしかして…海、ですか?」
「ああ、初めてか?」
「はいっ!」
白い波と青くどこまでも広がる水面。キラキラと輝いて、まるで夜空みたいだ。
「きれい…」
「あとでゆっくり案内してやろう。まずは魔法省に向かうぞ」
フィデリオさんの箒は少し高度を下げ、建物の少し上を飛んでいく。
同じように箒に乗る魔法使いたちがたくさんいた。
すれ違う時に手を振ってくれる魔女がいて、私も嬉しくなって控えめに手を振りかえす。
やがて、丘の上の城が近づいてくる。地面よりも高い位置なのに、それでも首が痛くなるくらい見上げなければいけなかった。
「さ、着いたぞ」
城の前の広場にゆっくりと降り立つ。
久しぶりに地に足がついて、言い知れぬ安心感が広がった。
「大丈夫か、レーア?」
「はい、なんか地面っていいなって…」
「あはは、その感覚分かるな。俺も初めて長時間飛んだ時は同じことを思った」
フィデリオさんが明るく笑う。ずっと背中ばかり見ていたから、久しぶりに顔を見れてなんだか嬉しかった。
「あー楽しかった」
言いながらフランツさんが城の方へ歩き出す。
彼はここに来るまでの間、一体何度宙返りをしただろう。それだけじゃない、足を箒にかけてぶら下がったり、箒の上でバク転をしたり。見ているだけでハラハラした。
だけど少しだけワクワクもした。
私の知らない世界が始まったんだと、そう思った。
「さ、魔法省に帰るよ。レーアのことは先に知らせてあるから、部屋の用意もしてくれてると思う」
「わあ、ありがとうございます!」
フランツさんは行動が突拍子も無い、自由人の印象だけど、意外に気遣い屋さんで優しい人だ。
城の門をくぐり、広い庭を抜けて行く。
「わあ…」
目にする景色すべてがキラキラとして見えた。
庭には噴水があり、植栽が迷路のように続いている。
正面に城の入り口が見えたけど、途中で右に曲がって別の建物に向かった。
そこだけ、雰囲気が違う。
ずっと石畳の道だったのに、そこには芝生が広がっていた。
城と比べると小さいが、街で見た建物よりは大きい。
白い壁と赤い三角屋根。いくつも見えるバルコニーの柵は花のモチーフで飾られている。建物のすぐ横に、村の森の中でも見たことが無いくらい大きな樹があって、その周りに花々が咲き誇っていた。
「可愛い…」
見上げて、ため息とともに言葉が漏れた。
先をいく2人が振り返り立ち止まる。
「ようこそ魔法省へ」
「ここが…」
「ああ、今日からレーアの居場所だな」
「私の、居場所…」
その言葉に胸の辺りがソワソワした。嬉しさが込み上げてきて、飛び跳ねたい気分だ。
「ただいまー」
フランツさんが扉を開ける。
続いて中に入ると、ふわりと木の匂いがした。この建物は木造のようだ。
ざわざわと人の話し声や足音がする。
「フランツ、フィデリオ。おかえりなさい」
「ただいま」
書類を抱えた女性が通りすがりに声をかけてくれる。
「あら、その子ね。2人が口説き落としたっていう子は」
「くど…!?」
「そう、レーアだよ」
「よろしくね。ああ、ごめんなさい。今急いでいるから、またゆっくり話しましょ」
「あ、はい」
女性はにこりと笑って足早に去って行く。
「おいで、作戦室に行こう」
フランツさんに言われついて行く。
さっきの女性と同じように、すれ違う人はみんな忙しそうにしている。書類を抱えていたり真剣な顔で話していたり。
だけど私のことに気づくと、微笑んで挨拶してくれる人が多かった。
建物の真ん中にある階段を3階まで上がって、右側の突き当たりの部屋にやってくる。扉には私の知らない文字で何か書いてあった。
「ただいまー」
「今戻った」
2人に続いて部屋に入る。
大柄の男の人が10人くらい集まってもまだ余裕があるくらい広い部屋。その真ん中に大きなテーブルが置かれて、それを囲むように椅子が並んでいる。
「おかえりなさい」
「おかえり」
そのテーブルの端、部屋の奥に2人の男性が座っていた。私たちの姿を見て立ち上がる。
「連れてきたよ」
「お手柄ですね、フランツ」
そう答えたのは、柔らかい雰囲気の男性だった。長く青い髪と金色の瞳。私を見て優しく微笑む。
フランツさんと同じくらいの歳に見えるが、恐らく魔法使いだから正確には分からない。
「初めまして、レーアさん。私はウィルフリードといいます」
「初めまして、レーアです」
「ふふ、可愛らしいお嬢さんですね。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
「あ、はい」
おっとりとした、耳に心地いい柔らかな声。
「ほら、アルドも挨拶を」
「どうも」
ウィルフリードさんに水を向けられたもう1人は、小さな声で返事をした。
ふわふわの金髪の間から空色の大きな目が、遠慮がちにこちらを見ている。
この人は私より少し年下だろうか。まだ少年と言っていい見た目だ。
「レーアです。よろしくお願いします」
「うん」
可愛らしい声をしているが、素っ気ない。口数も少なく、ほとんど目も合わなかった。
アルドさんにはあまり歓迎されていないのだろうか。
「アルドは誰に対してもこんな感じなので、お気になさらず」
「いえ…」
「疲れたでしょう。部屋へ案内しますね。夜にはレーアさんの歓迎会をしますから、それまではゆっくりしていてください」
「あ、ありがとうございます」
ウィルフリードさんはフィデリオさんから私の荷物を受け取ると、部屋を出て行く。
残った3人に頭を下げ、ウィルフリードさんを追いかけた。
廊下を渡り、階段を上がって行く。
「女性の部屋は5階にあります。3階と4階には作戦室や資料保管庫、薬草室なんかがあって、まあ仕事のための部屋が並んでいます。因みに男性の部屋は2階なので、あまりうろつかないように」
「は、はい」
「食堂やお風呂場なんかは1階にあります。後で時間があれば案内しましょう」
「はい。あの、ウィルフリードさん」
「ウィルで構いませんよ。みんなそう呼びます」
「はい、じゃあウィルさん。ここで働いている人はみんな、ここに住んでいるんですか?」
「街に家のある人はそこから通っています。ここに住んでいるのは、そうですね…10人くらいでしょうか。魔法省は30人くらいいますから、少ない方ですね。女性はレーアさんで2人目です」
「へえ」
「この奥の角部屋がレーアさんの部屋です」
5階右側の廊下の先を指差す。
木目で可愛らしい花の装飾のある扉を開けると、ふわりと風が吹いた。
三角屋根の勾配が天井を走っている。
テーブルとイス、ベッドと収納家具が並ぶ小さな部屋だ。といっても、1人で使うには十分過ぎる。
「わあ…素敵な部屋ですね」
「気に入っていただけて良かった」
ウィルさんはテーブルに荷物を置いて、直ぐに扉の外へ出る。
「では、また後で。19時頃にさっきの作戦室に来てください」
「はい、ありがとうございます」
にこりと微笑みを残して、ウィルさんは扉を閉めた。
1人になって、自然と深呼吸が起こる。
指摘された通り、少し緊張していたようだ。
改めて部屋を見回す。置かれている家具はどれも古いもののようだが、きちんと磨かれていて控えめな装飾も可愛らしかった。
正面の窓は開いていて、そこから心地のいい風が入ってカーテンを揺らしている。
近づいて外を見ると、先ほど見上げた大樹の葉が風に揺れていた。
「素敵なところ…」
ここから、私の新しい生活が始まるのだ。
期待と、希望と、ほんの少しの不安。
ベッドに寝転んで目を閉じる。
人の声や足音が小さく聞こえる。
それは不思議と安心感を覚えるもので、心地よいうたた寝へ私を誘った。
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