第1章 自分の可能性

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第11話 がんばるって? 指定された時間にさっきの部屋へ行くと、私をここへ連れてきたくれた2人と、先ほど紹介された2人がテーブルを囲んで待っていてくれた。 テーブルには豪華な食事が並んでいる。 「わあ…!」 思わず歓声を上げると、フランツさんが手招きしてくれた。 「おいで、レーア」 早速フランツさんの隣の席につく。 目の前の見たこともないご馳走が放つ美味しそうな香りに、食欲が刺激された。 「お酒はまだ飲めないんだっけ?」 「あ、はい」 「じゃあジュースにしよう」 フランツさんがコップにオレンジ色の液体を注いで、パチンと指を鳴らしてから私に渡してくれた。 「見てて」 言われてコップを見つめていると、オレンジ色のジュースはコップの下の方から徐々に桃色に変化していき、キレイなグラデーションのオシャレな飲み物になった。 「凄い、綺麗です!」 「祝福の魔法をかけたよ。さ、乾杯しよう」 その声を合図にみんながグラスを持つ。 「では、新しく私たちのチームに入ってくれたレーアさんから一言もらいましょうか」 「え、えっと…」 ウィルさんから言われて、私は言葉を探す。 不安と期待、新しい生活への思いを。 「レーアです。その、都に来たのは初めてで、魔法使いではないし魔法についてもあまり知識はありませんが、皆さんのお役に立てるように、が、頑張ります!」 顔が熱い。緊張のあまりうまく喋れなかった。けど、なんとか思いは伝わっただろうか。 「ん?」 「何それ?」 「…え?」 思っていた反応と違う。 みんな小首を傾げ、私の顔を見つめている。 唯一、フィデリオさんだけが複雑な表情をしている。 苦笑いのような、呆れているような。 「がんばるって何?」 「え…?」 「フィデリオ、分かりますか?」 「うーん、そうだな…」 フィデリオさんは顎に手を当てる。 これは、どういうことだろう。もしかして「頑張る」という言葉の意味が伝わっていない、ということか? 「多少無理してでも、努力して乗り越える。とか、嫌なことも我慢して出来るようにする。とかかな?」 「あ、いや、その…」 確かにニュアンスは合っている、と思う。たが、そういう風に言われると、とても悪いことを言ったように感じた。 「くだらない」 アルドさんがポツリとこぼす。嫌悪感を隠しもせず、眉間に皺を寄せた。 「あ、あの、すみません…」 せっかく私のためにこの席を用意してくれたのに、場の空気を悪くしてしまったことに焦る。 「レーアさん」 「は、はい…」 ウィルさんに呼ばれ、向き直る。 真剣な顔つきだ。優しいウィルさんでさえ、怒らせてしまったのだろうか。 「僕はあなたの上司ですから、あなたに指示をする権限がある。それは、いいですか?」 「はい、もちろんです」 出ていけ、と言われるのだろうか。 魔法使いをまったく理解していないお前なんて必要ない、と。 そう覚悟して次の言葉を待つと、ウィルさんは信じられないくらい優しく笑ってくれた。 「では、まずあなたに覚えておいて欲しいことは、頑張る必要はないということです。あなたに頑張って欲しくて私たちはあなたをここに招いたのではありません」 「え…」 「あなたがやりたいこと、あなたが楽しいと思うことで、私たちを助けてくれればいい。無理をさせたり嫌なことを強いたり、そんなことはしたくありません。あなた自身も、あなたにさせてはいけません。いいですね?」 「は、はい…」 「嫌なことは嫌と言うこと。やりたいことはやりたいと言うこと。助けが必要ならすぐに誰かを頼ること。いいですね?」 「…はい」 「はい、ではこの話はこれまで。アルドも良いですね」 「…ん」 アルドさんは納得していない様子だが、ひとまず目元の力は抜いてくれた。 「では、改めて。ようこそレーアさん」 「ようこそー!」 「ようこそ」 「ん」 みんな、笑ってくれている。アルドさんは無表情だけど、とりあえず不機嫌さはない。 大丈夫、ここにいてもいいんだ。私はちゃんと歓迎されているんだ。 そんな安堵感に少しだけ涙が滲む。 「よろしくお願いします!」 グラスを差し出すと、みんなが同じくグラスを重ねてくれた。 チン、と涼やかな音が響いて、途端に嬉しくなる。 その気持ちを飲み込むようにグラスに口をつける。とろりとした甘さの中に爽やかな酸味が混ざり合う、なんとも言えない美味しさだった。 「美味しい…」 「どういたしまして」 フランツさんが得意げに笑う。 つられて私も笑ってしまった。 みんなそれぞれ、料理に手をつける。笑い合いながら楽しそうにしているその様子を見て、胸が温かくなった。 頑張らなくて、いいんだ。 そう思うと、勢い込んで固くなっていた心がほろりと解けたみたいだった。 「ほら、レーア」 フィデリオさんがお皿に料理を取り分けて渡してくれる。 「ありがとうございます」 「魚、食べたことあるか?」 「な、無いです! 父さんの話とか本で見たくらいです」 「食ってみろ、美味いぞ」 「わあ…」 置かれたお皿には魚の切り身のソテーに金色のソースがかかっている。 恐る恐る一口。 「どうだ?」 ホロリと口の中で解け、途端に旨みが広がる。 噛み締めるほどにソースと混ざり合い、味に奥行きが増していく。 「美味しいです」 自然と笑顔になった私に、フィデリオさんは安心したように笑った。 「良かった。沢山あるから、遠慮しないで食えよ」 「はい!」 と、元気よく答えた次の瞬間。 バン! と勢いよく扉が開く。 のそりと姿を見せたのは、獣かと見まごう程の大きな男性だった。 さっきまで笑っていたフィデリオさんの顔に、一瞬で緊張感が走る。 しん、と場が静まった。 「よお」 野太い声。 毛皮のついた長いコートに、ギラギラ光る目。 彼の纏っている雰囲気は本当に獣かと思うほど、粗野で堂々としたものだ。 時々森で遭遇する野生の獣、そのものだった。 そのギラついた目が、私を捉える。 びくりと体が震えた。圧迫感と緊張感に、動けなくなる。心臓が壊れるかと思うほど、大きくなっている。 逃げ出したいのに動けない。 にたりと、口元が笑みの形を作る。 ゆっくりと私に近づいてくる。 「おい、待て」
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