13人が本棚に入れています
本棚に追加
第12話 魔法使いがどういう人か
フィデリオさんが声を上げて、男と私の間に体を滑り込ませる。
「なんだてめぇ」
低い声で男が威嚇してくる。
ギロリとフィデリオさんを見下ろし、威嚇する獣のような殺気を漂わせている。
「はあ…」
だが、フィデリオさんは呆れたようなため息をついた。
「ラインハート、いつも言っているだろう。都に来るときは体を清潔にしてから来い」
「くさーい」
フランツさんが茶化すように声を上げる。
「ああ!? 来いっつったのはそっちだろうが!」
突然の大声に肩がビクリと跳ねる。そこに、フランツさんの手が乗った。
「ほらー、レーアがびっくりしてるでしょー」
「何でだよ!? せっかく俺様が来てやったってのに」
「その大声だよ、まったく。女性と会う時は特に気をつけろ、初対面で嫌われるぞ」
フィデリオさんがパチンと指を鳴らす。
すると、ラインハートと呼ばれたその男の体の周りに光の輪がいくつも浮かび上がる。
みるみるうちに身なりが整っていく。
短い黒髪は後ろへ流れるように整えられ、危険な雰囲気の赤い目が大人の魅力を漂わせている。
「何だ、これのことかよ。小せえこと気にする奴らだな」
「大事なことですよ、ラインハート」
「はいはい」
ウィルさんの言葉に適当に返事をして、どかりと椅子に腰を下ろす。
「ごめんね、レーア。びっくりしたよね」
「あ、いえ…えっと…」
「彼はラインハート。魔法省の一員で、私たちのチームに配属されています。と言っても、普段は北の森に住んでいるので、都に来ることの方が珍しいですが」
「今日も来るとは思わなかったー。よく来たね、ラインハート」
フランツさんが手を伸ばし、ラインハートさんの頭をわしゃわしゃと掻き回すように撫でる。
「ああ、うぜえ! やめろ!」
フランツさんの手を振り払い、ラインハートさんは目の前のお肉に手を伸ばした。
「美味い飯が食えるっつうから来てやっただけだ。それにお前コードの娘なんだろ? 顔くらい見てやってもいいかと思ってな」
「父をご存知なんですか?」
思わず飛び出た父の名前に私は目を丸くする。
「ここで働いてたんだ、当たり前だろ」
「コードはよくラインハートの面倒を見てくれていましたからね。彼には懐いていました」
「何だその言い方」
「ホントのことだよねー」
「ちっ!」
舌打ちをして、お肉を口いっぱいに頬張る。
否定しないあたり、父のことを好いていてくれたのだろうか。
チラリと私の目を見て、フンと鼻を鳴らし目を逸らす。
「あの、皆さん父のこと…」
「コードと一緒に働いていたのは私とフランツ、ラインハートだけです。アルドとフィデリオは、コードがここを去った後に入ってくれたので」
「そうですか。あの、父はここでどんなことを?」
聞いてみたかったことだ。
私の知らない、父のここでの暮らし。
父は、時々都の話をしてくれたが、あまり詳しいことは教えてくれなかった。
「薬草に興味を持ってくれたので、私が色々と教えました。とても優秀で、直ぐに知識をつけて治療や任務のサポートに尽力してくれましたよ」
「そうなんですね」
「よく俺とも遊んでくれたし、みんなから好かれてたよね」
「そうですね」
私の知らない父のこと。だけど容易に想像がつく。きっと父はここで、みんなから愛されてみんなを愛して生きていたんだ。
村で、そうだったように。
その後は、ラインハートさんも交えての楽しい食事会だった。
アルドさんは言葉は少なかったが、不機嫌な様子はもう無かった。
フランツさんが冗談を言って笑い合ったり、初めて食べる料理にウィルさんが解説をしてくれたりして、凄く楽しかった。
私は途中で眠くなってしまったので、早めに部屋へ戻ることにした。
お風呂の場所を教えてもらって、着替えを持って階段を降りていく。
夜遅い時間なので、建物の中はしんとしていた。昼間の活気のある様子も良かったけど、趣のある建物だからこの姿もなんだか素敵だった。
「レーア」
階段を降り切ったところで、名前を呼ばれる。
振り向くとフィデリオさんが、踊り場からこちらを見下ろしていた。
「さっきは、その、すまなかった」
「え?」
眉を下げ、本当に申し訳なさそうにしている。
何のことか見当がつかず首を傾げると、後頭部を掻きながらフィデリオさんが降りてくる。
「頑張るって言葉の意味。嫌な言い方だった」
「あ、いえ、その…」
確かに、悪い意味に聞こえる言葉だった。だがあれは、別にフィデリオさんのせいだとは思わない。
「レーアは少し、気負っているところがあるなと、そう感じていたから」
「気負ってる…?」
「ああ。いつも正しくあろうとしている。間違ったことをしていないか、誰かの迷惑になっていないか。自分の至らないところを探して、常に改善しようとしている」
「それは…」
当たり前のことではないだろうか。
「ダメだとは言わない。それを人間は成長と言うしな。だけど、魔法使いと一緒にいるなら、その考えは早めに捨てておく方がいい」
「それは、フィデリオさんがもともと人間だったから、ですか?」
「ああ、そうだな」
フィデリオさんは苦笑いをする。人間の頃のことを思い出しているのだろうか。
「初めて会った時、レーアは俺たちを助けてくれたのに、すみませんと謝った。それが気になっていたんだ」
「あれは。だって、あんなに強い薬草を使ったら…」
「だが、あれが最善だった。そうだろ?」
「…はい。うちにあった薬草で、役に立ちそうなのはあれくらいしかありませんでした」
正直に言うと、フィデリオさんは頷いた。
「レーアは俺たちを思ってくれたし、村を守った。その功績をきちんと見るべきだ。それを驕りに使う必要は無いが、自信にはなる」
ああ、やっぱり魔法使いだ。
親友の言葉が重なる。あの時もそうだった。
同じように自然と笑顔になる。温かくて優しい、彼女のことを思い出して。
「同じですね、やっぱり」
「ん?」
「よくイダにも言われました。レーアはもっと自信を持ってって。ダメなところばかり見ないで、良いところを見てよって。あなたはとても素晴らしい人よって」
「そうか」
フィデリオさんは優しい笑みを浮かべた。
「何となく、魔法使いがどういう人か分かった気がします。ありがとうございます、フィデリオさん」
「ああ」
フィデリオさんと別れ、お風呂場へ向かう。
広くて清潔な湯船は、一人で使うにはもったいないくらいだ。
ゆっくりとそこに身を沈め、今日1日を思い出す。
ほかほかと、身体だけでなく心も温かくなっていくのが分かった。
私は私のしたいことを。
それなら、私は何をしたいだろう。
どんな風に、ここで生きていきたいだろう。
そんなことをぼんやりと考えた。
最初のコメントを投稿しよう!