第1章 自分の可能性

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第12話 魔法使いがどういう人か フィデリオさんが声を上げて、男と私の間に体を滑り込ませる。 「なんだてめぇ」 低い声で男が威嚇してくる。 ギロリとフィデリオさんを見下ろし、威嚇する獣のような殺気を漂わせている。 「はあ…」 だが、フィデリオさんは呆れたようなため息をついた。 「ラインハート、いつも言っているだろう。都に来るときは体を清潔にしてから来い」 「くさーい」 フランツさんが茶化すように声を上げる。 「ああ!? 来いっつったのはそっちだろうが!」 突然の大声に肩がビクリと跳ねる。そこに、フランツさんの手が乗った。 「ほらー、レーアがびっくりしてるでしょー」 「何でだよ!? せっかく俺様が来てやったってのに」 「その大声だよ、まったく。女性と会う時は特に気をつけろ、初対面で嫌われるぞ」 フィデリオさんがパチンと指を鳴らす。 すると、ラインハートと呼ばれたその男の体の周りに光の輪がいくつも浮かび上がる。 みるみるうちに身なりが整っていく。 短い黒髪は後ろへ流れるように整えられ、危険な雰囲気の赤い目が大人の魅力を漂わせている。 「何だ、これのことかよ。小せえこと気にする奴らだな」 「大事なことですよ、ラインハート」 「はいはい」 ウィルさんの言葉に適当に返事をして、どかりと椅子に腰を下ろす。 「ごめんね、レーア。びっくりしたよね」 「あ、いえ…えっと…」 「彼はラインハート。魔法省の一員で、私たちのチームに配属されています。と言っても、普段は北の森に住んでいるので、都に来ることの方が珍しいですが」 「今日も来るとは思わなかったー。よく来たね、ラインハート」 フランツさんが手を伸ばし、ラインハートさんの頭をわしゃわしゃと掻き回すように撫でる。 「ああ、うぜえ! やめろ!」 フランツさんの手を振り払い、ラインハートさんは目の前のお肉に手を伸ばした。 「美味い飯が食えるっつうから来てやっただけだ。それにお前コードの娘なんだろ? 顔くらい見てやってもいいかと思ってな」 「父をご存知なんですか?」 思わず飛び出た父の名前に私は目を丸くする。 「ここで働いてたんだ、当たり前だろ」 「コードはよくラインハートの面倒を見てくれていましたからね。彼には懐いていました」 「何だその言い方」 「ホントのことだよねー」 「ちっ!」 舌打ちをして、お肉を口いっぱいに頬張る。 否定しないあたり、父のことを好いていてくれたのだろうか。 チラリと私の目を見て、フンと鼻を鳴らし目を逸らす。 「あの、皆さん父のこと…」 「コードと一緒に働いていたのは私とフランツ、ラインハートだけです。アルドとフィデリオは、コードがここを去った後に入ってくれたので」 「そうですか。あの、父はここでどんなことを?」 聞いてみたかったことだ。 私の知らない、父のここでの暮らし。 父は、時々都の話をしてくれたが、あまり詳しいことは教えてくれなかった。 「薬草に興味を持ってくれたので、私が色々と教えました。とても優秀で、直ぐに知識をつけて治療や任務のサポートに尽力してくれましたよ」 「そうなんですね」 「よく俺とも遊んでくれたし、みんなから好かれてたよね」 「そうですね」 私の知らない父のこと。だけど容易に想像がつく。きっと父はここで、みんなから愛されてみんなを愛して生きていたんだ。 村で、そうだったように。 その後は、ラインハートさんも交えての楽しい食事会だった。 アルドさんは言葉は少なかったが、不機嫌な様子はもう無かった。 フランツさんが冗談を言って笑い合ったり、初めて食べる料理にウィルさんが解説をしてくれたりして、凄く楽しかった。 私は途中で眠くなってしまったので、早めに部屋へ戻ることにした。 お風呂の場所を教えてもらって、着替えを持って階段を降りていく。 夜遅い時間なので、建物の中はしんとしていた。昼間の活気のある様子も良かったけど、趣のある建物だからこの姿もなんだか素敵だった。 「レーア」 階段を降り切ったところで、名前を呼ばれる。 振り向くとフィデリオさんが、踊り場からこちらを見下ろしていた。 「さっきは、その、すまなかった」 「え?」 眉を下げ、本当に申し訳なさそうにしている。 何のことか見当がつかず首を傾げると、後頭部を掻きながらフィデリオさんが降りてくる。 「頑張るって言葉の意味。嫌な言い方だった」 「あ、いえ、その…」 確かに、悪い意味に聞こえる言葉だった。だがあれは、別にフィデリオさんのせいだとは思わない。 「レーアは少し、気負っているところがあるなと、そう感じていたから」 「気負ってる…?」 「ああ。いつも正しくあろうとしている。間違ったことをしていないか、誰かの迷惑になっていないか。自分の至らないところを探して、常に改善しようとしている」 「それは…」 当たり前のことではないだろうか。 「ダメだとは言わない。それを人間は成長と言うしな。だけど、魔法使いと一緒にいるなら、その考えは早めに捨てておく方がいい」 「それは、フィデリオさんがもともと人間だったから、ですか?」 「ああ、そうだな」 フィデリオさんは苦笑いをする。人間の頃のことを思い出しているのだろうか。 「初めて会った時、レーアは俺たちを助けてくれたのに、すみませんと謝った。それが気になっていたんだ」 「あれは。だって、あんなに強い薬草を使ったら…」 「だが、あれが最善だった。そうだろ?」 「…はい。うちにあった薬草で、役に立ちそうなのはあれくらいしかありませんでした」 正直に言うと、フィデリオさんは頷いた。 「レーアは俺たちを思ってくれたし、村を守った。その功績をきちんと見るべきだ。それを驕りに使う必要は無いが、自信にはなる」 ああ、やっぱり魔法使いだ。 親友の言葉が重なる。あの時もそうだった。 同じように自然と笑顔になる。温かくて優しい、彼女のことを思い出して。 「同じですね、やっぱり」 「ん?」 「よくイダにも言われました。レーアはもっと自信を持ってって。ダメなところばかり見ないで、良いところを見てよって。あなたはとても素晴らしい人よって」 「そうか」 フィデリオさんは優しい笑みを浮かべた。 「何となく、魔法使いがどういう人か分かった気がします。ありがとうございます、フィデリオさん」 「ああ」 フィデリオさんと別れ、お風呂場へ向かう。 広くて清潔な湯船は、一人で使うにはもったいないくらいだ。 ゆっくりとそこに身を沈め、今日1日を思い出す。 ほかほかと、身体だけでなく心も温かくなっていくのが分かった。 私は私のしたいことを。 それなら、私は何をしたいだろう。 どんな風に、ここで生きていきたいだろう。 そんなことをぼんやりと考えた。
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