第1章 自分の可能性

13/22
前へ
/58ページ
次へ
第13話 海 「わあー…!!」 私は思わず歓声を上げた。 石造りの大通り、両側には市が立っていろんなお店が軒を連ねている。 見たこともない野菜や果物、織物、アクセサリー、道具や食べ物が並んでいて、そこにいるだけでワクワクしてしまう。 「凄い! こんなに色んなものが集まってるなんて!」 じっとしていられず、近くにあった果物屋さんに近づく。甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐってきた。 「いらっしゃい。美味しいよ」 「こんにちは。これは何ていうものですか?」 店員の年配の女性がにこやかに話しかけてくれる。 見たことのないつるんとした楕円形のフルーツを指差す。 「それはマンゴーだね。南の方で取れるんだよ」 「へえ」 「お嬢さん、都は初めてかい?」 「はい、昨日来たばかりで」 「そうかい。この市は大陸中のものが集まるからね、珍しいものが沢山あるよ」 「へえ、そうなんですね!」 「レーア」 お店の人と話していると、後ろから名前を呼ばれる。 「あ、ごめんなさいフィデリオさん」 「いや、構わないが。先に必要なものを見に行こう。マンゴーは後にしておけ」 「はい。また来ます」 「はーい、待ってるよ」 お店の人に手を振って歩き出す。 今朝、身支度を整えて作戦室に向かうとウィルさんとフィデリオさんが出迎えてくれた。 取り急ぎの仕事は無いから、今日は生活に必要なものを集めに街へ行っておいでと言われたのだ。 案内役としてフィデリオさんも付き添ってくれて、 「まさか支度金までいただけるなんて」 「こちらからスカウトしたからな。それくらいは用意するさ」 「ありがとうございます」 「それに、聞き込みや調査で街にはよく来る。ある程度は慣れておいてもらわないとな」 「こんなに広いところ初めてだから、迷っちゃいそうですね」 「はは、そうだな。初めのうちは1人にはしないさ。もし逸れても城へ向かえば良い」 魔法省のある城の敷地は小高い丘にあるから、街に降りると何処からでも見つけられた。 「はい」 「俺たちも上から探してやるから、大丈夫だ」 「そっか、そうですね!」 魔法使いは空を飛べる。人探しをする時も上から探す。 人間とは当たり前が違って、そのことがなんだか面白いと思う。 昨日の歓迎会の時、「頑張らなくて良い」と言われてから、意気込んでいた気持ちがすっと落ち着いた気がした。 何か役に立たないとここにいてはいけない。 みんなに認めてもらわないと存在価値がない。 そんな風に思っていたのだと思う。 だけど魔法使いはそもそも、そういう事を他人に求めない。 求められていないのだから、気負う必要がない。 そんなふうに思った時、何だか気持ちが軽くなった。 「心は自由」だから、ただ今は目の前のことを楽しもう。そう、思う。 色んなお店を見ながらひと通り日用品を買って、気づくとお腹がぺこぺこだった。 「そろそろ昼飯にするか。レーア、何か食べたいものはあるか?」 「えっと…」 何があるんだろう。そもそも見たことのないものばかりで、それがどんな味なのかもよく分からない。 「ああ、そうだよな。俺のおすすめでいいか?」 「あ、はい」 目を泳がせているとフィデリオさんが気づいてくれた。 「ちょうどそこにあるな。ちょっと待ってろ」 言って、近くの屋台に近づいていく。 広い背中をぼんやりと見ていると、嗅いだことのない独特の匂いがした。 しょっぱそうなその匂いに、何だろうと首を傾げているとフィデリオさんが袋を持って帰ってきた。 「お待たせ。少し行ったところにベンチがあるから、そこで食べよう」 「はい。あ、お金…」 「いいよ、これくらい」 「え、でも付き合っていただいてますし」 「気にするな、行くぞ」 有無をいわせず歩き出す。 私は追いかけるしかなくなり、出しかけていた財布をしまった。 「ほら、レーア見てみろ」 フィデリオさんが前方を指す。 見ると、何かキラキラと光るものがあった。 「もしかして…」 たまらず小走りになってフィデリオさんを追い越した。 「あはは」 後ろからフィデリオさんの笑い声が聞こえ少し恥ずかしかったが、それ以上に惹きつけられた。 「海だ…!」 路地を抜けると目の前には海。 青と白のグラデーションが光を跳ね返し、風が小さく波を作る。 さっき嗅いだ塩っぽい匂いが運ばれてきて、これが本で読んだ潮の香りかと合点がいった。 「キレイ…」 キラキラ光る海、気持ちのいい潮風。 ほんの数日前まで、自分がこんな場所に立っているなんて想像もしなかった。 「気に入ったか?」 「はい、とっても!」 いつの間にか追いついたフィデリオさんに、返事をすると、彼も嬉しそうに目を細めた。 「あそこにベンチがある。ああ、丁度空いたな。座ろうレーア」 浜辺を一段上がったところに石畳の遊歩道のようなものがあり、そこにベンチが置かれている。 「はい」 2人でそこに座ると、フィデリオさんが買ってくれたお昼ご飯を袋から出して渡してくれる。 「ケバブサンドだ」 「ケバブ…」 初めて聞く名前だ。不思議な音だと思った。 「どうぞ」 「いただきます」 サンドというからにはかぶりつくのだろう。 半円状の薄いパンのようなものに色んな具材が挟まれている。 甘辛い匂いに誘われて、小さく一口齧ってみた。 「ん…!」 「どうだ、美味いか?」 私は無言で大きく首を縦に振った。 甘辛く味付けされたお肉、シャキシャキと歯応えのいい野菜。パンもしっかりと噛みごたえがあって、とっても美味しい。 「はは、良かった」 「フィデリオさんはよく食べるんですか?」 「そうだな。街で手軽に済ませたい時はよく食う。魔法省の食堂で作ってくれって頼んだことがあるんだが、ここのとは少し味が違うんだ。まあ、あれはあれで美味かったけど」 「食堂って…」 「あれ? まだ行ってないか?」 「はい。昨日食べ過ぎたのか、朝はお腹が減って無かったので」 「そうか。一応メニューは決まってるが、頼めば色々作ってくれる」 「そうなんですね! あとで行ってみます」 「ああ」 「はあ、美味しい。ケバブサンド、覚えました」 「そうか。気に入ったみたいで良かった。あとこれ」 と言って取り出したのはカップに入ったオレンジ色のジュースだ。 「マンゴージュースだ」 「わあ! 嬉しいです!」 マンゴー! 食べてみたかった! ジュースを受け取って早速口をつける。 とろりと甘い香りが口いっぱいに広がって、思わず笑顔になる。 「美味しいぃ…!」 「あはは、レーアは本当に美味そうに食うな」 「だって、本当にこれ美味しいです!」 「そうか」 それから夢中になって食べ、海を少し眺めてから帰路につく。 お土産に、最初に行った果物屋さんでいくつかオススメを買って魔法省へ帰った。 荷物を置いて作戦室へ行くと、フランツさんが出迎えてくれた。 そこには、見知らぬ人が3人。 「お帰り。丁度良かった、レーアに紹介したい人がいるんだ」
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加