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第2話 若い魔法使い
夜風が気持ちいい。
この辺りは温暖な気候だから、夜通し飛ぶのもそれほど苦にならないだろう。
すっかり遅くなってしまったが、たまにはこんな夜も悪くない。
「フィデリオー、見て見てー!」
そう言った今日の相棒は、俺の少し前で箒を一回転させる。
「あはは、さすがの身のこなしだな、フランツ」
「フィデリオもやってみてよ!」
「いや、俺は遠慮しておくよ」
「そっか」
フランツは素直に頷いて、また1人で大道芸のようなことを始めてしまった。
羨ましい、と正直思う。
俺は魔力に目覚めてからそれほど年数が経っていないから、フランツほど上手く魔法を操れない。
まだまだこれからだとよく言われるし、ベテランの魔法使いと張り合おうとは思わないが、ああやって自由に魔法を使っている様を見ていると、焦る気持ちも出てくる。
魔力に目覚める前の癖が抜けきらないのだ。
「あ、村があるね」
逆さまに箒にぶら下りながらフランツが下を差す。
確かに足元にある森が拓けて、民家が見えた。
屋根に登ってこちらを見上げている姿もある。
「魔力が心配なら、あそこで休ませてもらう?」
フランツは自由な魔法使いだ。
幼い頃から魔力を保持し、不思議の力と共に成長してきたらしい。
魔法使いは魔力が最大限高まった時の姿のまま、身体の成長が止まる。彼は20代前半の見た目だが、1000歳を超えている。
だから、なのか。
人との別れも、若い魔法使いとの交流も、何度も経験しているのだろう。
所作の幼さの割に相手をよく見ている。
「ああ…いや。帰るだけなら大丈夫だよ」
「そっか」
少しだけ見栄を張ったことには気づかなかったのだろう、フランツはすぐ納得し、月の光に目を輝かせながら俺の少し前を飛び続けている。
実際、帰るだけなら問題ないはずだ。
部屋についた早々にベッドに倒れ込む可能性はあるが、任務帰りですぐに働けとはあそこの魔法使いは誰も言わないだろう。
明日は1日、休ませてもらおう。
と、考えていたら、フランツがこちらを振り返った。
「フィデリオ、さっき教えた魔法はちゃんと覚えてる?」
「ああ、明日にでも復習するよ。少し難しかったから、何度か練習…」
「今やろう! おいで!」
そう言って、俺の返事も待たずフランツは急に高度を下げた。
先ほど見つけた村に向かって、一直線に飛んでいく。
「ちょ…フランツ!」
声を上げたが全く止まる気配がない。
なんて師匠だと悪態を吐きたくなったが、彼が速度を上げるのを見て、ようやく気づいた。
足元から、悲鳴が聞こえる。
「わー、オクリイヌだー。珍しいー!」
歓喜の声を上げながら、フランツはそれの前に降り立った。
全身の毛が逆立つのが分かる。
狼を二回りほど大きくした姿。荒い息の漏れる口元から覗く鋭い牙。右目の大きな傷。
一見しただけで身体中が警告を発している。
逃げろ。
この村の人もそれを感じているのだろう。
人々が悲鳴を上げながら逃げ惑うその只中に、俺も降り立った。
「あー、かなり狂っちゃってるね。かわいそうに」
緊急事態にそぐわないのんびりした口調で、フランツがその獣を観察している。
獣も、突然現れた俺たちを警戒するようにじっと距離を測っている。
「あ、あんたたち何してる、早く逃げるんだ!」
横を過ぎる村人が上擦った声を上げ、警告する。
俺もそうしたいのは山々だが、この状況をどうにか出来るのは自分たちだけだということも、理解できた。
とにかく落ち着こう。そう思い、ひとつ深呼吸をする。
「俺が合図したら、さっきの魔法使うんだよ」
「ちょ、フランツ!」
俺の返事も待たずに、フランツは獣に向かって駆け出した。
獣も迎え撃つ気で攻撃態勢に入る。
フランツは獣の目の前で光を弾かせて、目眩しをかけた。その隙に箒に乗って獣の頭上へ飛ぶ。
「おいで、遊ぼう!」
挑発というにはあまりに楽しそうな声だ。
獣はフランツの姿を追いかけ、唸り声を上げながら飛びかかる。
それを、本当に遊んでいるかのように笑いながら、ひらりとかわす。
なんなら一回転のおまけ付きだ。
そんなふうに何度か獣を翻弄し、相手が少しよろめいた隙に、死角になっている右側から攻撃魔法を当てた。
獣はそれで完全にバランスを崩す。
「今だよ、フィデリオ!」
「ああ!」
イメージに集中する。
さっきは焦ってしまったが、今度は大丈夫だ。
落ち着いている自分を感じながら、映像が鮮明になった瞬間、口の中で呪文を唱える。
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