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第3話 魔法封じ
フィデリオの魔法は成功した。
彼がオクリイヌに手をかざすと、光の輪が現れてあっという間に拘束してしまった。
動けなくなったオクリイヌは唸り声を上げるが、飛び掛かってはこない。
「えらいね、フィデリオ。今度はちゃんと出来た!」
手を叩いて褒めてあげると、フィデリオは少しだけ嬉しそうにはにかんだ。だがすぐに表情を引き締めて目の前の魔法に集中する。
こういう真面目なところ、面白いと思う。
長く生きてるけど、弟子を取るのは数百年ぶりだ。
フィデリオはきっと強い魔法使いになる。
箒を消して、オクリイヌに近づく。
目を覗き込み、集中して、その心を見ようとした。
本来のオクリイヌは黒々とした美しい瞳をしている。
だけどこの子は違う。
残った左目は赤黒く変色し、濁っている。
心も見えなかった。
ただ、苦しんでいることだけはわかる。
もう終わらせてあげないと。
その時、唸り声がした。
目の前のオクリイヌではない、別の方向から。
しまった、と思った時には一瞬遅かった。
フィデリオの背後から別のオクリイヌが飛びかかろうとしている。
心を見るのには集中力がいる。その為、他の感覚が鈍くなってしまっていた。
「フィデリオ!」
必死に叫ぶ。
あの時の光景と、一瞬重なる。
悪寒がした。
伸ばした手が、フィデリオの腕を掴んだ瞬間、彼の背後のオクリイヌが飛びかかってきた。
間に合えと願いながら結界をはろうと、呪文を唱える。
「息を止めて!」
何処からかそんな声がして、俺は抱え込んだフィデリオの口と鼻を手で覆った。
何かが飛んでくる。それはもうもうと煙を上げていて、オクリイヌの顔に当たる。
結界が出来上がるほんの一瞬、入り込んだその煙の香りで何が起きたのか理解した。
オクリイヌはキャンと悲鳴を上げながら、苦しそうに鼻のあたりを前脚で掻いている。
ふらふらと体が揺れて、2頭ともその場に倒れ込んだ。
「このままじゃ俺たちも危ない。フィデリオ、息止めててね」
何が起きたのか理解できていないだろうに、フィデリオは騒ぐことなく言うことを聞いて、自分で鼻と口を押さえた。
俺は結界を解いて、フィデリオを抱えながら箒で上空へ避難した。
風上を選び、煙から逃れてようやく息を吐き出す。
「ああ、びっくりした」
俺が普通に喋ったのを見て、恐る恐るフィデリオも息を吐き出す。
「フランツ、すまない、ありがとう」
「うん。なんとかなって良かったよ」
「な、なんとかなったのか?」
「うん、魔法封じだね」
「ま、魔法封じ?」
「薬草さ。乾燥させて燃やした煙で魔力を一時的に奪える。オクリイヌは魔法生物だから、魔力が無くなって気を失ったんだ」
「な、なるほど」
「まあ、元々魔力が底をつきそうだったからね。俺たちもあの煙をたくさん吸ったら気を失うから、気をつけてね」
「ああ、分かった」
真面目な顔で頷いたフィデリオだけど、自分で飛ぶのは無理だと判断したのか俺の箒から降りようとしない。
「それにしても、魔法封じを持ってる人間がいるなんて、びっくりだね」
「珍しい?」
「なんてものじゃない。絶滅しているはずだよ。少なくとも俺は300年くらい見てないかなー」
「そんなに? そんなもの一体誰が…」
「それは今から会えるんじゃない? ほら」
俺の指差す方向に、こちらに手を振る人影がある。
俺が手を振りかえしたのを確認して、その人は集まってきた村人に何やら指示している。
「降りて行ったほうがいいんじゃないか、フランツ」
「煙がまだ消えてないもん。俺が竜巻で散らしてもいいんだけど、危ないからお願いしちゃおう」
村人は手分けして、オクリイヌを木に縛りつけたり、風を起こして煙を散らしたりと動いてくれた。
俺はともかく、フィデリオはまだまだ魔力コントロールが下手だから、あの煙は少しも吸って欲しくない。
どうせ今から帰ることも出来ないし、村の人たちに甘えちゃおう。
やがて煙が完全に晴れたのを確認し、俺たちは村人たちが待つ広場に降り立った。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございました、魔法使いさん」
いかにも、村長です、という見た目の老人が進み出て声をかけてくる。
「いーえ。こっちこそ、助けてもらってありがとう」
言って、村人達の顔を見回す。
あ、と思う人がいて、俺はその子に歩み寄った。
「助けてくれたのは君かな?」
10代後半の少女。栗色のふわりとした髪と、綺麗な青い瞳が印象的だ。
「あ、はい。すみません、魔法使いの方にあんな危険なものを。もっといい薬草が見つかればよかったんですけど…」
「そんなことない! あれを持ってるだけでも凄いことだよ」
「あ、えっと。父が残してくれていたので、その…」
ああ、自分のしたことに気づいてないんだ。
というか、自分で認めていない。人間だもんね。
「使い方も完璧だし、使い所もとても良かった。これでもダメ?」
「だ、だめ、とは?」
「褒めてるのにー」
試しに拗ねてみる。すると今度は慌て始めた。
「あ、えっと、すみません」
そこは…
「そこは、ありがとう、だと思う」
横からフィデリオにセリフを取られた。
少女はきょとんとした顔をした後、ふわりと笑った。
「ありがとうございます」
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