第1章 自分の可能性

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第5話 赤はダメ 「この奥には行ったことはありません」 森に入って2時間ほど歩いたところで、レーアがそう言った。 確かに、これより先は今までとは雰囲気が違う。 何か、入ってはいけないようなゾワゾワした感じ。人間でもこれは分かるだろうというレベルの、近寄り難い雰囲気。 「禁足地です。村の誰も入ったことがないから、何があるのか私にも分かりません」 怯えたように肩をすぼめる彼女を気遣いつつ、俺はフランツに提案した。 「この先に何か感じるが、レーアにはキツイだろう。俺たちだけで行くか?」 「うーん。俺だけ行ってくる。フィデリオはここでレーアを守ってて。多分ちょっとは逃げてくるから」 「逃げてくる? 一体何が…」 「よろしくねー」 「ちょっと、フランツ!」 呼び止めるが、俺の師匠はヒラヒラと手を振って森の奥へ入っていった。 「まったく。すまないな、レーア。少しここで俺と待っていてくれるか?」 「もちろんです。お気遣いありがとうございます」 レーアは、少しホッとしたようにはにかむ。 近くの木の根を椅子に俺たちは一息つくことにした。フランツが何かしら動くのだろう。それまでは出来ることはない。 「フランツさん、大丈夫でしょうか?」 「ああ、いつものことだから気にしなくて良い。魔法省の中でも特に強い魔法使いだし、場数が違うから、俺がいるとかえって足手纏いになることもある」 「魔法省? え、お二人は魔法省の魔法使いなんですか!?」 「ああ、そうだが。言っていなかったか?」 「はい、初めて聞きました!」 レーアは目をまんまるにして俺の顔を見つめてくる。驚いて数度瞬きすると、今度はオロオロと慌て出した。 「あ、すみません。取り乱しました…」 「ふふ。いや、構わない。レーアは魔法省のことを知っているんだな」 今度は照れたように目を伏せた。 表情をコロコロと変える様子は、見ていて飽きない。 「はい、父が昔お世話になっていて」 「へえ、出入りの商人でもしていたのか?」 魔法省の活動拠点は都だ。こんな辺境の村では知っている者の方が珍しい。 「いいえ、魔法省で働いていたと聞いています。私が生まれてすぐにこの村に引っ越したので、話に聞いただけですが」 「そうなのか。俺は2年前に魔法省に入ったからな。レーアのお父上のことは知らないが、フランツに聞いてみたら良いんじゃないか? 彼は魔法省に100年くらい居ると言っていた」 「そうなんですね! 聞いてみます!」 嬉しそうだ。レーアは家族から愛されて育ったのだろう。 「…っ!」 その時、ぞわりと嫌な気配がした。 「フィデリオさん…」 レーアも何か感じ取ったようだ。不安げな声で少しだけ距離を詰めてくる。 気配はフランツが向かった方。やはり何か見つけたのだろう。 レーアを背に庇う形で、俺は剣を構えた。 しっかりと柄を握り、強化魔法をかける。 じっと奥の暗闇を睨んでいると、一瞬光が見える。 その光は半球体に当たりを包むように広がった。フランツの結界魔法だと、見た瞬間に分かった。 「レーア、俺から離れるなよ」 「は、はい」 逃げてくる、と彼は言った。 結界魔法はおそらく、それを森の外に出さないため。もっと言えば、村に侵入させないためのものだろう。 だとすれば。 「来る…」 何かが近づいてくる気配。嫌な魔力だ。空気がどろりと濁ったような、息苦しさを覚える。 最初は赤い光だった。2つ並んだそれが、オクリイヌの目だと分かった瞬間、俺は剣を振った。 飛びかかってきたオクリイヌの胴めがけて振り抜き、身体が2つに分かれるのを見届ける。 「ひっ…!」 背中で小さく、レーアの悲鳴が聞こえた。 「赤はダメだね」というフランツの言葉を思い出す。魔法生物の瞳の色は黒がほとんど。だから赤目の魔法生物は迷わず攻撃しろ、と。 何故なら赤目は、 「瘴気か」 分かれたオクリイヌの身体は、地面に転がるとゆっくりと塵になり消えていった。 かなり瘴気を吸ったのだろう。生命エネルギーが枯れきって、身体を保てなくなっているのだ。 「フィデリオさんっ…!」 「ああ、分かっている」 森の奥から赤目の光が次々と近づいてくる。 恐怖に身を固くしたレーアを背に庇いながら、俺は的確にオクリイヌを仕留めていく。 オクリイヌはどれも狂ったように呻き、俺たちに飛びかかってくるが、冷静さを欠いた動きは読みやすい。 狩りをする獣らしくないその行動に、哀れさをも感じた。 何が、彼らをこれほど狂わせたのか。 10体ほど塵になって森に返ったところで、攻撃は途切れた。 一度剣を下げ、様子を伺う。 「だ、大丈夫ですか? 怪我は?」 「ああ、かすった程度だ。レーアは…」 と、振り返った瞬間、ぞわりと全身が騒いだ。 咄嗟にレーアを抱き込むと、背後で膨大な魔力が膨れ上がった。 轟音を轟かせ、森が揺れる。 光が溢れて、目を開けていられない。 突風に飛ばされないよう必死で踏ん張り、それが収まるまで耐える。 時間にして数秒のことだったろう。だが、数時間動き回ったような倦怠感があった。 「今の…何…?」 怯えた声にはっとして、レーアを解放した。 「フランツだ」 「え…?」 気配を探る。先ほどまでのような嫌な雰囲気はかなり薄れていた。 「行ってみよう。多分大丈夫だし、何があっても俺が守る」 レーアに提案すると、彼女は少しだけ迷い、首を小さく縦に振った。
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