第3章 自分の意思

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第6話 日向のような 次の日、パレードは盛大に盛り上がった。 人々がひしめく大通りを、豪華な馬車に乗ったカトリーナさんとデレックさんが手を振りながら進んでいく。 皆笑顔で花吹雪や、本物の花を降らせて2人をお祝いする。 陽気な魔法使いたちは花火を打ち上げ、あちこちで歓声が上がる。 「カトリーナ様、おめでとうございます!」 「カトリーナ様ー!」 声を送る領民は、心からカトリーナさんを好いているように見える。 目の前を行く馬車から手を振るカトリーナさんと、一瞬目が合った。 彼女は笑顔を深め、嬉しそうに手を振った。 夜のパーティもとても豪華だった。 会場はドレスや礼服に身を包んだ人々が、楽団の演奏に合わせてダンスを踊ったり、会話を楽しんだりしている。 主役のカトリーナさんとデレックさんは会場の奥で、挨拶に訪れる人々に笑顔で応えていた。 私も、この日のために仕立ててもらったドレスに袖を通した。 最初は控えめでシンプルなドレスを選んだが、ハンナの強い希望で、フリルがたっぷりとついた赤いドレスになった。 試着した時は、ハンナが凄く褒めてくれたので私もこれにしようと思えたけれど、今更になってやっぱり控えめなドレスにしておけば良かったかと思ってしまう。 「レーア、凄く可愛いよ!」 「ああ、似合ってる」 でも、着替えた私を一目見てフランツさんとフィデリオが褒めてくれて、それは素直に嬉しかった。 「あ、ありがとうございます。お二人も素敵です」 「本当? わーい!」 フランツさんは礼服のままくるりと一回転する。 見た目は紳士でも、中身は自由な魔法使いのままだ。 私は着慣れないドレスと華やかな会場の雰囲気に緊張して仕方ない。 田舎者の私なんかがこんなところにお邪魔しているのが場違いな気がして、堂々と振舞っているフランツさんが羨ましかった。 「レーア、あっちに豪華な食事があるぞ。取りに行こう」 「は、はい」 同じく紳士的な格好のフィデリオさんが誘ってくれる。 いつもの動きやすそうな軽装とは違う、凛々しい雰囲気に、またしても心臓が速くなる。 ついて行った先には、テーブルに所狭しと並べられた豪勢な料理たち。 盛り付けも美しく工夫されていて、一目見ただけでぱっと幸せな気持ちが広がった。 立食パーティは初めてだったので最初は戸惑ったけれど、フィデリオさんが色々と教えてくれた。 豪華な食事に目移りして凄く迷いながらも、それもなんだかワクワクして楽しかった。 「んんー! これ、美味しいです!」 「はは、そうか。良かったな」 「はい!」 キラキラした宝石のような野菜のゼリー寄せは、野菜の甘みと旨みがしっかりと味わえて最高だったし、薄くカットされたローストビーフはジューシーで柔らかく、あっという間に口の中を天国にしてくれた。 「あはは! きみ面白いね!」 少し離れたところでフランツさんが街の人と話している。 見た目だけだと明らかに歳上のその人と、仲のいい友人のように話すその姿は魔法使いならではで、チグハグでなんだか面白かった。 「あ、レーア! これ美味しいよ! はい、あーん!」 私の視線に気づいて、フランツさんが飛ぶようにしてやってくる。 目の前に差し出されたのは一粒のチョコレート。 都で、ハンナに初めて連れて行ってもらったショコラトリーでの感動を思い出す。 「あ、えっと…」 それにしても、あーんはちょっと恥ずかしい。 手を出して、そこに乗せてもらおうとするが、 「はい、あーん!」 ずいっと、さらに口元に寄せられる。 「あ、あー…」 観念して小さく口を開くと、そこに魔法のような甘さが入り込んだ。 口に含むとあっという間にとろけて、カカオの芳醇な香りと上品な甘さが広がって、思わず深呼吸をしたくなった。 「わぁ…美味しいですぅ…」 「あははは! レーアいい反応するね! 良かったね!」 フランツさんが振り返ると、さっき彼が話していた男性がニコニコと笑ってやって来た。 「ありがとうございます。そんなに美味しそうに食べてもらって」 「このチョコ、彼が作ったんだって」 「え、え?! す、凄いです! 本当に美味しいです!」 彼はこの街1番のショコラティエらしく、この日の為に新作を用意し、パーティで振舞っているらしい。 「カトリーナ様をイメージしたショコラです。年々お美しく立派になられて、我々も将来が楽しみで仕方ありませんよ」 「わあ、カトリーナさんが聞いたらとても喜ぶと思います!」 「ははは、いつもお伝えしていますよ」 「ふふ、素敵ですね」 「それでは素敵なお嬢さん、良い夜を」 男性は紳士的に挨拶をして、別の人へショコラを振る舞いに行ってしまった。 改めて会場を見回すと、温かな笑顔が溢れている。 優しく穏やかで、まるで日向のような心地よさ。 これが、カトリーナさんに向けられているものの本質のような気がして、私まで温かな気持ちになった。 「レーア、良かったな」 フィデリオさんが私の顔を柔らかい笑顔で覗き込む。 もしかしたら緊張している私を気遣ってくれていたのかもしれない。 そんな優しさに気づける余裕が、私に戻って来た。 「はい!」 笑顔で答えると、彼も嬉しそうに目を細めた。 音楽が変わり、華やかなリズムを刻む。 「わっはは! レーア、踊ろう!」 「え、でも私ダンスなんて…」 「大丈夫だよ! ほら、おいで!」 飛び跳ねるようにフランツさんが私の手を引く。 「フランツ、手加減しろよ」 「あはは! するするー!」 フィデリオさんも止めようとしない。 楽しそうなフランツさんに、私も思わず笑ってしまう。 音楽に合わせて、フランツさんがステップを踏む。 めちゃくちゃに振り回すようなリードだったけれど、私も負けじと見よう見まねで身体を動かした。 「わーい!」 途中で身体が軽くなり、文字通り私たちは宙を舞った。 「わあっ! あはは!」 それを見ていた周りの人達も歓声を上げながら楽しそうに踊り始める。 会場にいた他の魔法使いたちが花火をあげたり、シャボン玉や花吹雪を降らせて、音楽はどんどんと盛り上がっていく。 めちゃくちゃなステップで、昨日見たショーのダンサーには程遠かったけれど、その時感じた一体感に似たものが会場を包んでいた。
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