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第6話 祝福の魔法
2人に手を振って別れたすぐ後、瘴気の気配を感じた。
奥に進むにつれどんどん濃くなっていく。
瘴気は稀に自然発生することがあるが、その程度のものなら、この森であれば数週間で浄化出来るはずだ。
歩いてきた感じも、精霊の気配が濃かったし、恐らく古くからある森。
それなのに、これほど濃い瘴気になるということは、報告のあった件と関係している可能性が高い。
「あー、やだー。こういうの、俺の仕事じゃないんだけどなー」
呟くが、仕方ない。
今やっておかなければ、日を追うごとに村に危険が及ぶ可能性が高まる。
いや、もう手遅れか。1人亡くなったというし。
奥へ奥へと分け入っていくと、赤目のオクリイヌが横合いから飛びかかってきた。
気配でそれと分かっていたから、迷わず攻撃魔法を放つ。
首が転がり、塵になる。
やはり、これはもうやるしかない。
そう決め、結界魔法を張る。森をすっぽり包むようにイメージし、光が広がるのを確認する。
何度かオクリイヌを仕留め、たどり着いたのは、森の奥に守られた泉だった。
泉の周りには草花が辛うじて生えているが、瘴気にあてられほとんど枯れかけている。
泉は黒く変色していた。悪臭が漂い、顔をしかめたくなるような瘴気が辺りを包んでいる。瘴気の中心はここのようだ。
その泉の真ん中に突き出た岩の上に、通常の3倍ほどの大きさのオクリイヌがいた。
目がギラギラと赤く輝き、獲物を狙って姿勢を低くしている。腹の辺りが腐って、今にも肉が剥がれ落ちそうだ。
「かわいそうに。相当苦しかったでしょ」
泉の周りにも20体ほどのオクリイヌが群をなしてこちらを威嚇している。どれも赤目だ。
こちらを探るように距離を測っているが、やがて一匹が意を決し飛びかかって来ると、それに続くように他のオクリイヌたちも一斉に攻撃に転じた。
攻撃魔法を連発する。的確に一匹ずつ撃ち抜いた魔法は、あっという間にオクリイヌの死骸の山を築いた。
動かなかった大物が、ついに動いた。
凄まじいほどの声量で鳴き、こちらに飛び込んでくる。
同じ攻撃魔法を撃つが、ほとんど効いていないようだ。
一度攻撃をかわし、距離を取る。
だが、オクリイヌは間髪入れず距離を詰めて来る。
仕方がない。少し多めに魔力を込めて攻撃魔法を撃つ。
キャンと鳴き声が上がるが、それもあまり効果はなかったようだ。またこちらに突っ込んで来る。
長引かせても、苦しいだけか。
精霊の気配を探る。許可を求めると、「いいよ」と返って来た。
「今、楽にしてあげるね」
口の中で呪文を唱え、魔力を解き放つ。
その瞬間、光が音を飲み込んだ。
光が収まるころ、ようやく音が戻って来た。
目を開けるとそこにオクリイヌの姿はなかった。
泉の周りに生えていた枯れかけの草花や木々も、一緒に無くなってしまった。
焼け野原。一言でいえばそういうものだ。
だが泉だけは変わらず、どす黒く滞っている。
小瓶に水を採取しておく。調べれば何か分かるかもしれない。
「はあ。派手にやったな、フランツ」
ため息をつきながらフィデリオがやって来た。背後のレーアは言葉もなく息を呑んでいる。
「派手? そうかな?」
「そうだ。まったく規格外なんだから。いい加減自覚しろ」
「だって、いいって言ったもん」
「言ったもんじゃないだろ。あんたなら他にも手があったんじゃないか?」
「周りの植物にも瘴気が広がってたんだもん。一度この状態にしてからの方がやりやすいの」
口を尖らせ反論する。
フィデリオはやれやれといったように首を振る。
レーアがようやく俺たちのところへやって来た。
「あ、あの。森は大丈夫なんでしょうか? こんな姿になって…」
「うん、大丈夫。少し時間はかかるけど、精霊たちが元に戻してくれるよ」
「少しってどれくらい…?」
「うーん、100年くらい?」
「ひゃ…!?」
「あはは、目がまんまるだ! おもしろーい」
「フランツ」
「はーい。じゃあ、もっと早くなるようにおまじないをしよう。レーア、こっちおいで」
手招きすると、レーアは恐る恐る俺の横まで来た。
「今回の騒ぎの原因はこの泉だね。何かの影響を受けて、瘴気が充満してしまった。この泉の水を飲んだからオクリイヌたちはあんな状態になっちゃったんだろうね。だからね、この泉が元に戻れば回復ももっと早くなるよ」
「魔法でなんとか出来るんですか?」
「うん、祝福の魔法で瘴気を払えるよ。レーアも一緒にやろう」
「え、でも私、魔法は使えません」
「大丈夫、ただのおまじないだよ。気軽にやれば良いさ。目を瞑って、綺麗な泉になりますようにってお願いしてみて」
「は、はい」
「フィデリオ」
「ああ」
レーアは素直に目を閉じて、手を胸の前で組む。
俺とフィデリオが祝福の魔法をかける。
すると泉の底が少しずつ光り出し、やがてキラキラとした粒子が全体を包んだ。光は徐々に大きくなり、黒を浄化していく。すぐに透き通った美しい泉に戻った。
「すごい…」
レーアの感嘆が漏れる。
「成功だね」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。レーアもよくやったね」
栗色の髪を撫でてあげると、少し驚いてから泣き笑いのような顔になった。
「…いえ、私は何も…」
ああ、やっぱりそうだ。
「よしよし」
頭を撫で続けてやると、大きな瞳からポロポロと涙が溢れて来る。
「あ、す、すみません。何でこんな…」
レーアは慌てて顔を背け、涙を手で拭う。
「大丈夫だよ。ここには村の人はいないから、我慢しなくて良いよ」
そう言うと、ついにレーアはしゃがみ込んだ。
顔を覆って肩を震わせ、少しずつ泣き声が大きくなる。
その間もずっと、頭を撫で続けてあげた。
途中からフィデリオも来て、彼女の背中を撫でてやっていた。
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