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第7話 私の命
村に戻るころには日は沈んでいた。
お二人に家まで送ってもらい、私はベッドに転がった。
目が腫れて、少しだけ痛い。
人前であんなに泣いたのは初めてだ。
父さんの前でもあまり泣いたことはない。私のために頑張ってくれているのに、心配をかけたくなかったから。
フランツさんに頭を撫でてもらったとき、色々なものが溢れて止まらなかった。
父さんの優しい手と重なった。
その父さんを亡くした悲しみが溢れた。
一人ぼっちになった寂しさに襲われた。
こんなに自分が弱いとは思わなかった。
家事も一通り出来るし、父さんの手伝いを毎日していたから、薬草屋の仕事も恐らくひとりで出来る。村の人たちも優しいし、私はここで生きていける。
なのに、どうしてだろう。
今更旅立ってしまった親友がうらやましくなった。
「ほら、レーア。大丈夫だから」
「ま、待ってイダ。私まだ心の準備が…」
「そんなの待ってたらいつまでたっても飛べないわよ。ほら」
「ちょ、ちょっと…引っ張らないで…」
「大丈夫だから、しっかりつかまって」
「わあ…!」
「わあ、気持ちいい! レーア、ちゃんと見てる?」
「…すごい…」
「ね、気持ちいいでしょ?」
「うん!」
「レーア、私決めたわ。旅に出る」
「え? 本当に?」
「本当よ。せっかく生まれてきたんだもの。世界中の綺麗なものとか、美味しいものとか、ドキドキするものを知らないで生きるのはもったいないと思わない?」
「そう…だね。前から行きたいって言ってたもんね」
「レーアもでしょ? だから一緒に行こう!」
「え? でも私は魔法を使えないから…」
「大丈夫よ。私の箒に乗せてあげる。歩くのだってきっと二人なら楽しいわ。だって私はレーアとおしゃべりしながら歩くのが好きだもの。あなたは薬草の知識も豊富だし、愛嬌もあるし、何より素直でかわいい! 私は大好きな親友と一緒に、この世界を見てみたいの」
「…っ!」
「あなたはどう、レーア?」
「…ダメよ。父さんを一人にできない。父さんは私のために都での生活を捨てたんだから」
「それはコードさんの意思でしょ? 私はレーアの気持ちを聞いているんだけど」
「だって…そんなこと、真剣に考えたことない…」
「じゃあ真剣に考えて。答えは今すぐじゃなくていいの。あなたはどうしたいか聞かせてほしいわ」
「う、うん」
「レーア、本当にいいのかい?」
「何のこと、父さん?」
「イダだよ、一人で旅に出るって。本当は誘われていたんじゃないのかい?」
「だって私は魔女じゃないもの。一緒に行ったら、きっと足手纏いになる」
「そんなこと、イダは思わないだろう」
「私が嫌なの。だから、これでいいのよ」
「一緒に行きたかった…」
口から洩れた思いに驚いた。
ずっと後悔していた。
あの時、誘ってくれたあの時、本当はすごく嬉しかった。
私のことを認めてくれて、私のことを信じてくれている親友と旅ができる。
どれだけ楽しいだろうって、そう思った。
私だってイダのことが大好きだ。
明るくて楽しい。私とは違って勇気もあるし、思ったことをきちんと口にできる。
そういうところを尊敬しているし、憧れてもいる。
イダと一緒にいると、私一人では見つけられないワクワクしたものに会える。それを、彼女と分かち合えることが喜びだった。
「行きたいって言えばよかった。私も、あなたと世界中を見てみたいって…」
終わったはずの涙がまた溢れてきた。
ひとしきり泣いて少しすっきりしたので、目元を冷やしながらまた月光浴をすることにした。
屋根に上って夜風にあたると、気持ちよかった。
月は美しく、今日も私を見下ろしている。
よく、イダと月光浴をした。
ここで待っていると、イダがやってくる。
「こんばんは、レーア」
そう言って、箒に乗って。
世界にはどんなものがあるんだろうと、二人で思いをはせる。
父さんから聞いた都の話をすると、イダは決まって目を輝かせた。
今、どこにいるんだろう。どんな景色を見ている? どんな経験をして、どんな生活をしているんだろう。
「こんばんは、レーア」
「…っ!」
声のした方へ振り向くと、オズワルドさんが笑っていた。
「こ、こんばんは」
「隣にお邪魔しても?」
「はい、どうぞ」
頷くと、長い足を伸ばしてオズワルドさんは座る。
「もう帰られたんだと思っていました」
「コードの墓参りをしていたんだ。面白い者も来たしね」
「面白いって…フランツさんとフィデリオさんですか?」
「ああ、少し見学させてもらったよ」
「そうだったんですか、全然気づきませんでした」
「最高の誉め言葉だね」
「ふふ」
私が笑うと、オズワルドさんは目を細めた。
「レーア、もう一度聞いてもいいかい? 君はこれからどうしたい?」
「これから…?」
「ああ、君が決めていいんだよ。君の命なんだから」
「私の命…」
「時間というのは命だよ、レーア。君がこの世界で生きる、その命。それをどんな時間に使うのか、君が決めることができる。君以外には決められないんだ」
染み入るように、言葉が流れ込んでくる。
ふと、湧いた思いがあった。だけどそれを口にするのは、何だかそわそわする。
本当にいいのかな? 我がままじゃない? 迷惑にはならない?
「今度は大丈夫だね。君の選択を楽しみにしているよ」
見ると、オズワルドさんの姿は消えていた。
突然現れて、突然いなくなってしまう。
だけど、すごく大切な言葉をもらった気がする。
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